長野電鉄

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長野電鉄株式会社
Nagano Electric Railway Co.,Ltd.
長野電鉄
本社が入居する権堂イーストプラザND(左)と解体される旧本社。解体後引き続き再開発事業が進められる
本社が入居する権堂イーストプラザND(左)と解体される旧本社。解体後引き続き再開発事業が進められる
種類 株式会社
略称 長電、ながでん、NAGADEN、NER
本社所在地 日本の旗 日本
380-0833
長野県長野市権堂町2201 権堂イーストプラザND 4階
設立 1920年(大正9年)5月30日
業種 陸運業
法人番号 7100001002441
事業内容 鉄道事業・不動産事業・旅行業 他
代表者 代表取締役社長 笠原甲一
資本金 4億9500万円(2017年3月期)
発行済株式総数 1085万9733株
売上高 連結:176億8383万9000円
単独:53億9万9000円
(2017年3月期)
営業利益 連結:11億9023万円
単独:7億2148万4000円
(2017年3月期)
経常利益 連結:9億8042万5000円
単独:5億3337万6000円
(2017年3月期)
純利益 連結:10億1077万5000円
単独:6億3239万6000円
(2017年3月期)
純資産 連結:91億1440万3000円
単独:47億153万2000円
(2017年3月期)
総資産 連結:248億1352万6000円
単独:169億7068万4000円
(2017年3月期)
従業員数 連結:955名
単独:199名
(2017年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 北野建設 8.31%
八十二銀行 3.73%
笠原甲一 1.39%
(2017年3月31日現在)
主要子会社 長電バス 100%
長電タクシー 100%
長電テクニカルサービス 80.0%
外部リンク http://www.nagaden-net.co.jp/
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長野電鉄株式会社(ながのでんてつ、英称:Nagano Electric Railway Co.,Ltd.)は、長野県北部地域に路線を持つ鉄道事業者で、ながでんグループの中核企業である。長野県長野市権堂町2201に本社を置く。

概要[編集]

須坂中野といった千曲川東岸地域(河東地区)と国鉄線の接続による産業輸送近代化を目的とした「河東鉄道」を発祥とし、その後県都である長野との接続を図るべく「長野電気鉄道」を設立し須坂駅 - 長野駅間を開業、両社を統合して発足したのが現在の長野電鉄である。山の内線開業により湯田中・渋温泉志賀高原の開発を進めるなど観光開発にも注力し、スキーブームの先鞭となった。

長野線は開業当初から長野市内・近郊で複線区間を有し(当時は権堂駅 - 信濃吉田駅間・その後長野駅および朝陽駅まで複線延伸)、複線区間では20 - 30分毎の高頻度運転を続けており、都市内鉄道としての性格も強かった。戦後は長野市の都市計画において長野都市圏の大動脈として位置付けられ沿線の開発も進み、また長野市と須坂市中野市を結ぶ都市間路線としての機能も強くなったことから観光色は若干弱くなっていたが、新型特急用車両の導入により観光輸送にも改めて取り組んでいる。

開業線のほかに木島から野沢温泉、湯田中から安代までの具体的な延伸計画や「善光寺平環状線構想」と称された河東線 - 飯山鉄道(現JR飯山線) - 千曲川西岸線(豊野・長野 - 屋代)の直通運転という雄大な構想もあったが、ともに実現せず今に至る。

かつては直営でバス事業も行っていたが1987年昭和62年)3月より一部路線を順次、長電グループの子会社に移管し、1995年平成7年)10月には残るバス事業を長電バスに分社した。

2002年(平成14年)4月1日河東線の一部区間(信州中野駅 - 木島駅間、通称「木島線」)[1][2]が、2012年(平成24年)4月1日には屋代線(屋代駅 - 須坂駅間、24.4km)[3][4][5]が廃線となるなど、他の地方鉄道同様、厳しい状況下にある。2007年(平成19年)7月には志賀高原の開発事業のうち、奥志賀高原の事業が投資会社のユニファイド・パートナーズへ譲渡された[6]

歴史[編集]

  • 1920年大正9年)
  • 1921年(大正10年)5月26日 河東鉄道に対し鉄道免許状下付(上高井郡須坂町-下高井郡木島村間、蒸気鉄道、下高井郡中野町 - 同郡平穏村間電気鉄道)[12]
  • 1922年(大正11年)6月10日 河東鉄道 屋代駅 - 須坂駅間が開業[13]
  • 1923年(大正12年)
    • 11月25日 長野電気鉄道株式会社設立(社長 神津藤平)[14]
    • 3月26日 河東鉄道 須坂駅 - 信州中野駅間が開業[15]
    • 6月22日 長野電気鉄道に対し鉄道免許状下付(長野市-上高井郡須坂町)[16]
  • 1925年(大正14年)7月12日 河東鉄道 信州中野駅 - 木島駅間が開業[17]
  • 1926年(大正15年)
    • 6月28日 長野電気鉄道 権堂駅 - 須坂駅間が開業[18]
    • 9月30日 河東鉄道が長野電気鉄道を合併、長野電鉄株式会社に社名変更。権堂駅 - 須坂駅間が長野線、屋代駅 - 須坂駅 - 信州中野駅 - 木島駅間が河東線となる。
  • 1927年昭和2年)
    • 4月28日 平穏線として信州中野駅 - 湯田中駅間が開業[19]
    • 8月27日 平穏線が山の内線に名称変更。
  • 1928年(昭和3年)
    • 6月8日 鉄道免許状下付(長野市-更級郡八幡村間)[20]
    • 6月24日 長野線 権堂駅 - 長野駅間が開業[21]し国鉄長野駅に乗り入れる。
  • 1931年(昭和6年)7月10日 指定の期限まで工事竣工せさるため鉄道免許取消(下高井郡平穏村地内、湯田中-渋安代間)[22]
  • 1935年(昭和10年)9月19日 鉄道起業廃止許可(長野市-更級郡八幡村間)[23]
  • 1960年(昭和35年)10月11日 神津藤平現職社長のまま死去。88歳[24]
  • 1977年(昭和52年)2月28日 旧権堂駅構内に本社ビルを新築[25]。2014年(平成26年)まで使用される。
    2014年(平成26年)まで使用された本社ビル
  • 1981年(昭和56年)3月1日 長野線 長野駅 - 善光寺下駅・本郷駅間を連続立体交差事業として地下化。この地下化は中小私鉄では戦後初めてであり、また北陸鉄道が金沢市内の一部を地下化するまでは当時の中小私鉄では唯一の地下線であった。
  • 1987年(昭和62年)3月15日 バス事業の一部を信濃交通に移管。
  • 1992年平成4年)10月1日 バス事業の一部を信州バスに移管。
  • 1995年(平成7年)10月 残るすべてのバス事業を長電バスに移管。
  • 2002年(平成14年)
    • 4月1日 河東線 信州中野駅 - 木島駅間(通称:木島線)が廃止[1][2]
    • 9月18日 実際の運行形態に合わせ、長野駅 - 須坂駅 - 信州中野駅 - 湯田中駅間を長野線に、屋代駅 - 須坂駅間を屋代線に名称変更。
  • 2012年(平成24年)4月1日 屋代線 全線廃止[3][5]
  • 2014年(平成26年)2月24日 権堂B-1地区再開発事業に伴い、本社を隣接地に建てられた再開発ビル「権堂イーストプラザND」内に移転[26]。旧ビル除却後、跡地で再開発事業が続けられ、2015年3月に竣工した。

社紋[編集]

1926年(大正15年)から現在まで用いられる長野電鉄社紋

現行の社紋は1926年(大正15年)の河東鉄道・長野電気鉄道の合併以来使用されている。中央の星は長野電気鉄道の「長」の字の草書体が基になっており、1907年明治40年) - 1966年(昭和41年)に用いられた初代・2代目長野市章などにも見られる図案である。この星形を旧河東鉄道の社紋から引き継いだ、千曲川を表す3本線で囲み、以て河東鉄道・長野電気鉄道の合併で長野地域と河東地域とが結ばれたことを示している[27]

なお、旧河東鉄道の社紋は「東」の文字を3本線で丸く囲んだものであり、旧長野電気鉄道の社紋は楔型に図案化した「ナガノ」の文字を6つ円形に並べて電車の車輪を模したものであった。

現在2100系以外の全車両で側面に掲げられている。また、グループ会社では長電建設が3本線の下部を切り取り「建」の文字を入れた社章を用いている。


路線[編集]

路線図(クリックで拡大)

以下の路線を保有する。あるいは保有していた。各路線の運行形態、駅一覧などは以下の各記事を参照のこと。

路線名の変遷[編集]

河東線の一部廃止(信州中野駅 - 木島駅間)を受けて、実際の運行形態に合せて路線名称も変更された。

区間 2002年
3月31日以前
2002年
4月1日以降
2002年
9月18日以降
2012年
4月1日以降
長野 - 須坂 長野線 長野線 長野線 長野線
信州中野 - 湯田中 山の内線 山の内線
須坂 - 信州中野 河東線 河東線
屋代 - 須坂 屋代線 (廃止)
信州中野 - 木島 (廃止)

運賃・料金[編集]

運賃[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ) - 2014年4月1日改定[28][29]

キロ程 運賃(円)
初乗り2km 170
3 - 4 190
5 - 6 240
7 - 8 320
9 - 10 400
11 - 12 470
13 - 14 540
15 - 16 590
17 - 18 670
19 - 20 730
21 - 22 780
23 - 24 850
25 - 26 910
27 - 28 970
29 - 30 1,020
31 - 32 1,100
33 - 34 1,160

料金[編集]

大人特急料金(小児半額)

  • 全線100円 - A特急・B特急同額

コンパートメント料金(スノーモンキー個室席)

  • 1室1,000円(4人まで使用可能) - 2100系「スノーモンキー」運転時

輸送・収支実績[編集]

戦前の輸送収支実績[編集]

車両[編集]

現用車両[編集]

以下の車両が在籍している。屋代線の廃止に伴い他社線との接続が失われたため、車両搬入はトレーラーでの輸送に切り替えられている。

過去の主な車両[編集]

現存する車両の他に以下の車両が在籍していた。

電車[編集]

電気機関車[編集]

蒸気機関車[編集]

車両数の変遷[編集]

モハ1000形 モハ1500形
クハ1550形
2000系 0系 10系 2500系 3500系 8500系 1000系 2100系 計(冷房車)
1982-
1985
2 3 12 4 2 26 49
1986-
1989
2 12 4 2 29 49
1990-
1992
2 12 4 2 29 49(12)
1993 2 12 4 2 29 8 57(12)
1994 1 12 4 2 19 12 50(12)
1995 1 12 4 2 13 18 50(12)
1996 1 12 4 2 8 27 54(12)
1997 1 12 2 8 31 54(12)
1998 1 12 2 3 37 55(12)
1999-
2002
12 2 37 51(12)
2003 12 37 49(27)
2004 12 37 49(33)
2005 12 37 49(33)
2006 9 37 6 52(36)
2007 6 33 12 8 59(47)
2008 6 26 12 8 52(44)
2009 6 23 18 8 55(47)
2010 6 21 18 8 53(45)
2011 3 19 18 8 6 54(48)
  • 1982・83年は1月1日現在、84年以降は4月1日現在
  • 『私鉄車両編成表』各年版、ジェー・アール・アール

その他[編集]

  • 列車無線誘導無線を採用していた。これは空間波無線では、長野 - 本郷間の地下線内において支障が生じる懸念があったためで、現在は空間波無線に変更されている。
  • イトーヨーカドー長野店と提携して権堂駅からの「お帰りキップ」、イオンリテールが運営するイオン須坂店と提携して須坂駅からの「楽楽きっぷ」を、買い上げ金額の1割を上限に買い物客に進呈するサービスを実施している[30]

出典[編集]

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  1. ^ a b 寺田裕一『データブック日本の私鉄』ネコ・パブリッシング、2002年、p.33
  2. ^ a b 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳』6号 北信越、新潮社、2008年、p.43
  3. ^ a b “長野電鉄株式会社の鉄道事業の一部を廃止する届出及び本届出に係る公衆の利便の確保に関する意見の聴取について” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省北陸信越運輸局, (2011年3月25日), オリジナル2015年4月27日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20130208214437/http://wwwtb.mlit.go.jp/hokushin/press/1101-1103/110325-1.pdf 2015年9月14日閲覧。 
  4. ^ “長野電鉄屋代線、きょう90年の歴史に幕”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2012年3月31日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFB3004T_Q2A330C1L31000/ 2015年9月14日閲覧。 
  5. ^ a b 長野電鉄屋代線が廃止される”. 交友社 (2012年4月2日). 2015年9月14日閲覧。
  6. ^ 長野電鉄株式会社 有価証券報告書 第143期(平成19年4月1日 - 平成20年3月31日)
  7. ^ 佐久鉄道相談役『長野電鉄60年のあゆみ』3頁
  8. ^ 羽田孜の祖父『人事興信録. 第6版』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第29回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 「鉄道譲渡」『官報』1920年9月7日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1921年5月27日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1922年6月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第34回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年4月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1923年6月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年7月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1926年7月3日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1927年5月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  20. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1928年6月12日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  21. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年7月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  22. ^ 「鉄道免許取消」『官報』1931年7月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  23. ^ 「鉄道起業廃止許可」『官報』1935年9月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  24. ^ 『長野電鉄の75年』郷土出版社、1997年、29頁
  25. ^ 『長野電鉄80年のあゆみ』長野電鉄株式会社、2000年、290頁
  26. ^ 長野電鉄株式会社 (2014年2月17日). “本社移転のご案内 (PDF)”. 2015年9月14日閲覧。
  27. ^ 『長野電鉄80年のあゆみ』口絵
  28. ^ 消費税率引き上げに伴う鉄道旅客運賃改定申請について (PDF) - 長野電鉄、2013年12月16日(2015年1月10日閲覧)
  29. ^ 消費税率引き上げに伴う鉄道旅客運賃改定の認可について (PDF) - 長野電鉄、2014年3月4日(2015年1月10日閲覧)
  30. ^ 各種乗車券 - 長野電鉄、2014年11月12日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]