河原崎國太郎 (6代目)

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六代目 河原崎國太郎(ろくだいめ かわらさき くにたろう、昭和37年 (1962年) 4月15日 - )は、東京都生まれの歌舞伎俳優。本名は寺田 克己(てらだ かつみ)。屋号山崎屋定紋は角違いに二つ巴、替紋は撫子。

明星学園高等学校卒業。

来歴・人物[編集]

六代目嵐芳三郎を父に、五代目河原崎國太郎の娘で女優の松山梨絵を母に生まれる。弟には七代目嵐芳三郎がいる。長男に六代目嵐市太郎

女方。劇団前進座所属。いわゆる第三世代の筆頭。

五代目が、若き日の坂東玉三郎を指導したことがあるといういきさつから、当代は玉三郎の演技指導も受けている。

  • 1968年 初舞台。
  • 1977年 五代目嵐市太郎を襲名。
  • 1982年 劇団前進座入団。
  • 1998年 『於染久松色読販』(お染の七役)で六代目河原崎國太郎を襲名。

逸話[編集]

1984年、嵐市太郎時代に、朝日放送松竹制作の現代劇のテレビドラマ『京都マル秘指令 ザ新選組』第二話に本業そのままの歌舞伎役者役で出演している。役柄は、ラスベガスのカジノで作った借金の形に、取り立てに来たヤクザに恋人の芸妓を売ることを迫られる小心者というもの。なお、そのロケは松竹制作のドラマだけに同社運営の南座が使われている。