河内永和駅

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河内永和駅*
駅舎(2006年9月)
駅舎(2006年9月)
かわち えいわ
Kawachi-Eiwa
A06 布施 (0.8km)
(0.8km) 河内小阪 A08
大阪府東大阪市高井田元町一丁目1-5
駅番号  A07 
所属事業者 社章近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 A 奈良線
キロ程 0.8km(布施起点)
大阪難波から6.9km
電報略号 エイワ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
11,260人/日
-2015年-
開業年月日 1938年昭和13年)2月1日 **
乗換 JR河内永和駅おおさか東線
* 駅名改称経歴
- 1940年 永和駅→大軌永和駅
- 1941年 大軌永和駅→河内永和駅
** 正式開業日。前身は臨時駅の人ノ道駅(1936年設置)。
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プラットホーム

河内永和駅(かわちえいわえき)は、大阪府東大阪市高井田元町一丁目にある近畿日本鉄道(近鉄)奈良線。駅番号はA07

歴史[編集]

ひとのみち教団(現・パーフェクト リバティー教団)は1934年10月布施町に仮本殿を落成した。1936年8月1日人ノ道駅が開業したが、1937年4月5日御木徳近不敬罪で検挙され[1]教団は解散を命じられる[2]。4月22日には駅は休止となる。なお1940年発行の大阪電気軌道株式会社三十年史には駅の存在が一言もふれられていなかった[3]

駅構造[編集]

相対式2面2線のホームを持つ高架駅改札口は2階、ホームは3階にある。改札口は1か所のみ。

自動改札機東芝製が設置されている。そのうち赤い筐体のもの(EG-2000)は、出場時2枚一括処理・PiTaPaICOCAに対応する。

のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先
1 A 奈良線 下り A 東花園大和西大寺奈良方面 H 天理方面
2 A 奈良線 上り A 大阪難波尼崎神戸三宮方面

利用状況[編集]

2015年11月10日における1日乗降人員11,260人である[8]

近年における1日乗降・乗車人員は以下の通り。

年度別1日乗降・乗車人員
年度 特定日 1日平均
乗車人員[9]
出典
調査日 乗降人員 乗車人員
1990年(平成02年) 11月06日 13,374 6,504 6,213 [10]
1991年(平成03年) - 6,081
1992年(平成04年) 11月10日 13,141 6,411 5,773 [11]
1993年(平成05年) - 5,999
1994年(平成06年) - 5,934
1995年(平成07年) 12月05日 12,407 5,919 5,785 [12]
1996年(平成08年) - 5,599
1997年(平成09年) - 5,466
1998年(平成10年) 11月10日 11,994 5,701 5,330 [13]
1999年(平成11年) - 5,022
2000年(平成12年) 11月07日 10,667 5,264 4,909 [14]
2001年(平成13年) - 4,840
2002年(平成14年) - 4,856
2003年(平成15年) 11月11日 9,918 4,780 4,630 [15]
2004年(平成16年) - 4,568
2005年(平成17年) 11月08日 9,473 4,623 4,431 [16]
2006年(平成18年) - 4,379
2007年(平成19年) - 4,332
2008年(平成20年) 11月18日 9,723 4,752 4,846 [17]
2009年(平成21年) - 5,040
2010年(平成22年) 11月09日 10,468 5,048 5,215 [18]
2011年(平成23年) - 5,236
2012年(平成24年) 11月13日 10,667 5,264 5,285 [19]
2013年(平成25年) - 5,379
2014年(平成26年) - 5,342
2015年(平成27年) 11月10日 11,260 5,578 [20]

駅周辺[編集]

布施市の官庁街として栄えたこともあり、駅周辺には公共施設が多い。 近鉄の駅の真下にJRおおさか東線JR河内永和駅があり、相互駅間での乗り換えが可能である。

駅名は駅南側に広がる永和(えいわ)という地名に由来するが、かつては渋川郡永和村(ながにごむら)と呼ばれた[21]。この周囲には荒川村に属する枝郷の三ノ瀬、長堂、横沼が点在していたが、江戸時代より荒川村からの独立を目指して長年争っていた。明治に入り、堺県令税所篤は各集落の荒川村からの分離要求を受け入れ、三ノ瀬、長堂、横沼をまとめて一村とし、争いを収めて末永く平和であるようにと「永和」と名付け、読み方を「ながにご」とした。後に、長堂は東足代村に、三ノ瀬は荒川村に合併したため、永和村は旧横沼だけになった[22]1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により永和村などが合併して布施村が発足した際、横沼の北にある大字永和の読みは「えいわ」になった。

永和には1928年(昭和3年)にひとのみち教団が本部を置き、1934年(昭和9年)には教団の本殿が落成し、周囲には教団関連施設が立ち並んだが、1937年に解散命令が出された。同年12月、布施市は手狭になった旧布施町役場のかわりに、教団の小学校校舎だった建物を新市役所とし[21]、以後この周囲に公共施設が集中することになる。

公共施設[編集]

商業施設[編集]

  • ポッポアベニュー商店街
    • 隣の布施駅までの高架下のスペースが商店街となっている。
  • 永和駅前商店街
  • ファミリーマート永和駅前店
  • 鴨高商店街

その他[編集]

  • 大阪樟蔭女子大学小阪キャンパス
  • 東大阪商工会議所
  • 大阪そろばん連盟本部
  • 近畿大阪銀行東大阪支店
  • 路線バスはかつて近鉄バス「西支所前」停留所があり、布施駅前と徳庵を結ぶ系統(小阪駅・八戸ノ里駅方向は高架沿いを走行、布施方向は一旦北に出て長栄寺を経由)が停車していたが廃止されている。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
A 奈良線
快速急行・急行・準急・区間準急
通過
普通
布施駅 (A06) - 河内永和駅 (A07) - 河内小阪駅 (A08)
  • 括弧内は駅番号を示している。

脚注[編集]

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  1. ^ 遂に半田(愛知県)で検束現教祖、大阪へ護送本部から多数証拠品を押収愈よ数日中に禁令」大阪朝日新聞1937年4月6日
  2. ^ ひとのみち教団遂に潰滅治警法第八条を適用し結社禁止を正式発令全国各支部教会所の取消も文部大臣から同時に通牒」大阪朝日新聞1937年4月29日
  3. ^ 今尾恵介『消えた駅名』東京堂出版、2004年、209頁
  4. ^ a b c d e 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』8 関西1、新潮社2008年、24頁。ISBN 978-4-10-790026-5
  5. ^ 近畿日本鉄道株式会社 『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 近畿日本鉄道、2010年12月、680頁。全国書誌番号:21906373
  6. ^ a b c 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』3号 近畿日本鉄道 2、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年8月29日、12-13頁。ISBN 978-4-02-340133-4
  7. ^ “平成19年4月1日から、近鉄主要路線でICカードの利用が可能になります” (pdf) (プレスリリース), 近畿日本鉄道, (2007年1月30日), http://www.kintetsu.jp/news/files/iccard20070130.pdf 2016年3月2日閲覧。 
  8. ^ 駅別乗降人員 奈良線 - 近畿日本鉄道
  9. ^ 東大阪市統計書
  10. ^ 大阪府統計年鑑(平成3年) (PDF)
  11. ^ 大阪府統計年鑑(平成5年) (PDF)
  12. ^ 大阪府統計年鑑(平成8年) (PDF)
  13. ^ 大阪府統計年鑑(平成11年) (PDF)
  14. ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
  15. ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
  16. ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
  17. ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
  18. ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
  19. ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF)
  20. ^ 大阪府統計年鑑(平成28年) (PDF)
  21. ^ a b 「永和」の歴史(河内亭 九里丸)
  22. ^ 東大阪の地名といわれ
  23. ^ http://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000015843.html

関連項目[編集]

外部リンク[編集]