河井道
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河井 道(かわいみち、1877年7月29日 - 1953年2月11日)は三重県宇治山田市(現伊勢市)出身の女性教育者。元日本YWCA同盟総幹事、恵泉女学園の創立者。世界恐慌から第二次世界大戦に到る中で平和主義を掲げ、戦後に昭和天皇への戦争犯罪訴追が回避された動きにも大きく関わった。
略歴[編集]
- 幼少時、伊勢神宮の神官であった父が失職し、北海道函館区(現函館市)に移住。
- 1887年、札幌区(現札幌市)で長老派伝道師のサラ・C・スミスの開設したスミス女学校(現、北星学園女子中学高等学校(北海道札幌市))に入学。新渡戸稲造らの教えを受ける。
- 1900年、新渡戸稲造の勧めでフィラデルフィアのブリンマー女子大学(北米クエーカー主義)に入学。
- 1904年、ブリンマー女子大学を卒業し帰国。
- 1912年、日本YWCA同盟総幹事に就任。
- 日本YWCAは1905年設立。草創期の日本でのキリスト教女子青年会(YWCA)運動で指導者の一人となる。
- 1929年、私立学校法人恵泉女学園(現在の恵泉女学園中学・高校)を設立。
- 1941年4月、リバーサイド日米キリスト者会議でアメリカ合衆国のキリスト教会に「アメリカ教会への感謝状」を送付。
- 1945年9月23日、ボナー・F・フェラーズの招待を受け、河井の一番弟子である一色ゆり(旧姓・渡辺)と共にアメリカ大使館を訪問。
- 一色もクエーカー派の大学に留学経験があり、連合国軍最高司令官総司令部でダグラス・マッカーサー総司令官付の高級副官として来日したフェラーズは二人の消息を探して、昭和天皇とマッカーサーが初めて会見する4日前に二人を招待した。フェラーズは二人の意見を取り入れながら、天皇の戦犯問題について不起訴を進言する覚書を作成した。
著書[編集]
関連書籍[編集]
- 一色義子 『河井道と一色ゆりの物語 恵みのシスターフッド』(キリスト新聞社、2012年) ISBN 978-4-87395-625-1
- 木村恵子 『河井道の生涯 光に歩んだ人』(岩波書店、2002年) ISBN 978-4-00-022428-4
- 岡本嗣郎 『陛下をお救いなさいまし 河井道とボナー・フェラーズ』(集英社、2002年 /集英社文庫、2013年) ISBN 978-4-08-745075-0(2012年の米国映画『終戦のエンペラー』原作)
外部リンク[編集]
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