沙摩柯

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

沙摩柯(しゃまか、さまか、? - 222年)は、中国後漢末期から三国時代の武将。異民族の王。

正史の事跡[編集]

姓名 沙摩柯
時代 後漢時代 三国時代
生没年 生年不詳 - 222年章武2年)
字・別号 〔不詳〕
本貫・出身地等 〔不詳〕
職官 -
爵位・号等 胡王
陣営・所属等 劉備
家族・一族 〔不詳〕

正史『三国志』では、陸遜伝にしか記述が見られない。蜀漢に味方した中国周辺民族の王[1]章武2年(222年)、劉備に随従し呉討伐に参加している。しかし、陸遜の火攻めのため蜀軍は大敗し、沙摩柯も斬首された。

物語中の沙摩柯[編集]

小説『三国志演義』では、「蛮王」として史実同様に呉討伐に参加している。顔は血を注いだように真っ赤で、碧眼を鋭く輝かせ鉄疾黎骨朶[2]を片手に、左右の腰に弓をつけた姿で登場している。猇亭の戦いで、甘寧の頭に矢を射当て、これを死に追いやる活躍を見せる。しかし陸遜の火攻めで蜀軍が大敗すると、ただ一騎で敗走することになる。途中、追撃してきた周泰に出くわし20合余り打ち合うが、討ち取られることになっている。

その他[編集]

現代では、書籍以外の創作物などにおいて「沙摩可」と表記している著作物も存在している。

[編集]

  1. ^ 陸遜伝では、「胡王」との記載があるのみで、具体的にいかなる民族の出身かは不明。ただし「胡」は、一般的には北方民族を指す。
  2. ^ 鉄か木で作った武器。柄の一方が楕円形をして、鉄の刺を植えてある。立間祥介『三国志演義 下』。

参考文献[編集]