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沖縄軌道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
沖縄軌道
路線総延長17.7 km
軌間762 mm
停車場・施設・接続路線(停止当時)
沖縄県営鉄道与那原線
M0C 与那原
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与原
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我謝
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2M24C 小那覇
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仲伊保
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和宇慶
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津覇浜
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4M16C 津覇
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奥間
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安里
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5M38C 当間
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高江州
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屋宜
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添石
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伊舎堂
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6M54C
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久場
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熱田
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和仁屋
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8M74C 渡口
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与儀
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比屋根
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殿内前
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10M79C 泡瀬

沖縄軌道(おきなわきどう)は、現在の沖縄県与那原町沖縄市泡瀬を、沖縄本島の東海岸沿いに結んでいた馬車鉄道、およびその運営会社である。太平洋戦争が激化した1944年(昭和19年)ごろに運行を停止した。

路線データ

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運行停止時点

  • 路線距離:与那原 - 泡瀬 17.7km
  • 軌間:762mm
  • 駅数:24駅(起終点含む)
  • 電化区間:なし(全線非電化

運行形態

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1925年(大正14年)4月時点では1日7往復の旅客列車が設定されていた。いずれの列車も起点の与那原で沖縄県営鉄道与那原線の連絡を受ける形になっている。所要時間は与那原 - 泡瀬間全線で2時間27分。

歴史

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現在の西原町にあった製糖工場にサトウキビを運搬するためのトロッコとして計画されたが、製糖期を除くと使い道がなかったため、旅客運送を主目的とした軌道会社が別途設立された。

1913年(大正2年)1月に製糖会社の役員らが設立発起人となって人車軌道の起業を出願し、同年9月に特許を取得。翌1914年(大正3年)3月に沖縄人車軌道が設立された。その後、同年11月10日に与那原 - 小那覇間が開業し(手続き上は11月1日開業か)、1916年(大正5年)12月9日までに与那原 - 泡瀬間の全線が開業している。なお、動力については1914年(大正3年)11月1日に馬力併用の手続きを取っており、開業当初から実態は馬車鉄道だったようである。社名も1915年(大正14年)1月13日に沖縄馬車軌道に改称しており、1929年(昭和4年)10月15日にも再び社名を改めて沖縄軌道としている。

昭和初期には与那原 - 泡瀬間を結ぶバス路線が開業しているが、沖縄軌道は製糖工場へのサトウキビ搬入代が収入の大半を占めていたせいか廃止されなかった。

戦争が激しくなった1944年(昭和19年)の中頃には客扱いを休止したと見られ、戦後は復活することなく消滅した。正式な廃止手続きは行われておらず、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年(昭和27年)4月28日に軌道法の適用対象から外れている。

年表

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輸送・収支実績・車両

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年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 客車 貨車
1914 10,327 378 177 201 利子31 4
1915 99,552 4,000 8,525 6,169 2,356 利子40 7 40
1916 119,335 6,761 18,727 11,223 7,504 14 50
1917 117,519 4,192 20,883 14,432 6,451 11 50
1918 105,200 2,554 18,752 11,781 6,971 1,936 11 50
1919 98,700 2,130 23,871 17,531 6,340 12 51
1920 70,320 5,178 27,525 22,149 5,376 2,518 11 15
1921 64,843 4,378 23,048 16,958 6,090 11 7
1922 53,023 4,776 22,084 17,641 4,443 11 7
1923 47,966 2,543 16,015 13,587 2,428 2,944 10 7
1924 48,470 4,408 17,697 14,892 2,805 2,832 10 7
1925 46,284 3,493 14,967 14,792 175 838 10 7
1926 47,940 1,245 18,711 14,866 3,845 雑損3,213償却金3,7818 10 7
1927 53,757 1,607 20,632 17,373 3,259 償却金1,600 2,040 10 7
1928 54,627 4,492 22,829 21,601 1,228 10 7
1929 23,426 3,730 10,638 9,861 777 10 7
1930 52,264 8,300 18,856 15,520 3,336 1,829 10 7
1931 36,150 3,766 12,383 12,699 ▲ 316 10 7
1932 22,013 9,763 11,681 12,164 ▲ 483 10 7
1933 13,522 45,473 10,364 10,976 ▲ 612 10 7
1934 15,711 7,341 8,074 8,492 ▲ 418 10 7
1935 15,113 5,421 6,975 7,114 ▲ 139 10 7
1936 14,242 5,576 7,473 7,754 ▲ 281 32 10 7
1937 7,822 5,562 7,013 7,739 ▲ 726 10 7

鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

駅一覧

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運行停止時点

与那原(よなばる) - 与原(よーばる) - 我謝(がじゃ) - 小那覇(おなは) - 仲伊保(なかいほ) - 和宇慶(わうけ) - 津覇浜(つははま) - 津覇(つは) - 奥間(おくま) - 安里(あさと) - 当間(とーま) - 高江州(たかえす) - 屋宜(やぎ) - 添石(そいし) - 伊舎堂(いさどう) - 泊(とまり) - 久場(くば) - 熱田(あった) - 和仁屋(わにや) - 渡口(とぐち) - 与儀(よぎ) - 比屋根(ひやごん) - 殿内前(とんちのめえ) - 泡瀬(あわせ)

接続路線

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脚注および参考文献

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  1. ^ a b c d e f g h 帝国鉄道年鑑』昭和3年版
  2. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 帝国鉄道年鑑』昭和3年版では3月21日
  4. ^ 帝国鉄道年鑑』昭和3年版では11月1日
  5. ^ a b 『日本鉄道旅行地図帳』九州・沖縄
  6. ^ a b 『図説・沖縄の鉄道』102頁
  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳 - 全線・全駅・全廃線』 12 九州沖縄、新潮社、2009年。ISBN 978-4-10-790030-2 
  • 加田芳英『図説・沖縄の鉄道』沖縄出版、1986年
  • 帝国鉄道協会(編纂)『帝国鉄道年鑑』(昭和3年版)帝国鉄道協会、東京市麹町区有楽町、1928年5月、p. 561頁。 (国立国会図書館デジタルコレクション)本書の統計は「昭和1年」の表記を使っているため本項目もそれに倣った。

関連項目

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