決定!全日本歌謡選抜

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決定!全日本歌謡選抜
文化放送四谷旧社屋(2006).jpg
番組の生放送が行われていた
文化放送旧社屋(2006年8月撮影)
ジャンル 音楽ランキング番組
放送方式 生放送
放送期間 1976年4月4日 - 1990年10月7日
放送時間 毎週日曜13:00~16:30
放送局 文化放送ほか
ネットワーク NRN
パーソナリティ 小川哲哉
丹羽たか子
水島裕
大原のりえ
谷沢尚美
特記事項:
1982年よりトヨタ自動車提供となり「TOYOTAサンデースペシャル 決定!全日本歌謡選抜」。また、文化放送以外の局ではパーソナリティなどが異なる。
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決定!全日本歌謡選抜』(けってい!ぜんにほんかようせんばつ)は、1976年4月1990年10月7日の毎週日曜13:00~16:30に文化放送ほかで放送されたラジオ番組である。

概要[編集]

毎週、電話によるリクエストを元に、邦楽ランキングを決定するベストテン方式の音楽番組。パーソナリティーは当初小川哲哉丹羽たか子(当時文化放送アナウンサー)。1988年4月からは水島裕大原のりえに交替。さらに1989年4月には水島のみ残り、大原から谷沢尚美(当時文化放送アナウンサー)に交替した。

当初は特定のスポンサーは無く、レコードの新譜発売のCMを中心とした、いわゆるPT枠だったが、1982年よりトヨタ自動車の1社提供で、「TOYOTAサンデースペシャル」と冠された(「サンデースペシャル」という冠がついたのは1985年あたりから)。文化放送以下、NRN加盟のHBCラジオ東海ラジオラジオ大阪(1982年4月より放送開始)の各局で放送されていたが、局ごとに集計も異なっており、番組内容、パーソナリティも全く異なる企画ネットものだった。なお、九州では当番組の放送は無かったが、同義となるランキング番組で、日曜午後に放送されていたRKBラジオの「RKBベスト歌謡50」の一部分が「TOYOTAサンデースペシャル」と冠された。ただ、全国チャートのデータを提供していたKBCラジオは、企画的に類似していた「輝け! 全日本歌謡ランキング」を放送していた。また、番組がネットされていない秋田放送東北放送ラジオ関西等からもデータ提供は受けていた。

白組が男性歌手、紅組が女性歌手で分け、集計した上位50曲に対して、50位が1点、49位が2点 と順位が上がるごとに点数も1点ずつ上がり、3位が48点、2位が49点、1位が50点という得点を付与[1]。紅白の得点が多いほう(組)を勝利チームとし、勝利チームにリクエストしたリスナーにプレゼントがもらえた。

毎週13:00から15:30までは、ゲストとのトーク(突発的に現れるゲストも多かった)や注目曲を流す(そのバックでリクエストを受けるオペレーターの電話のやり取りが聞こえる)。ゲストコーナーでは小川がアイドル歌手に対してタメ口を使い、呼び捨てあるいは愛称で呼ぶのも特徴だった。

電話リクエストは15時に締め切られたが、その集計時間確保と小川・丹羽の休憩を兼ねて、番組の初期(1980年代前半まで)のころの15時からの30分間、野末陳平がメインパーソナリティーを務めるコーナー(音楽情報とは無関係の内容)が存在した。

新譜は、見本盤にもなっていないテープの段階で放送される事が多かった。そして、15:30より、集計結果がまとまったベスト50の発表がある。50位から順に発表があり、10位ごとに、小川と丹羽のランキングの発表者がチェンジする(初登場の曲発表と急上昇曲(5ランク以上アップ)の曲には、発表と同時に、ピピピピッという電子音が鳴る)。

15:30以前に、既に曲がかかっている場合もあるが、ランキングに則して曲が流れるのは、ベスト10の曲のみ(すなわち、番組内で、2度同じ曲が流れる時も多い)。その発表の際に、オペレーターの拍手が都度流れるのも恒例。また、当初より、全ての曲をフルコーラスかける事を特徴としていた(もっともイントロ部分は、小川や丹羽のしゃべりがかぶる)。 5回連続で1位になると銀賞、10回連続なら金賞が授与された。これは、番組で最初に5週連続1位となった山口百恵の「愛に走って」が、5週連続1位になった時に急遽設けられた賞である。

1990年代に入り、音楽シーンも移り変わると同様に転換期を迎える。一気に若返りを図るべく1990年9月に終了し、14年半の放送に幕を閉じ、翌10月に「TOYOTA SUPER COUNTDOWN 50」へ引き継がれていき、1994年4月に金曜日の21:30へ枠移動して「FRIDAY SUPER COUNTDOWN 50」→「スパカン!」となったが、2015年3月に終了した。

文化放送以外のパーソナリティー[編集]

鎌田強&野宮範子天野博章&野宮範子 → 赤城敏正&佐古千春
(全員、当時HBCアナウンサー)
河伯河原龍夫 (アシスタントは、重光久美井上池鶴谷口キヨコ
立原啓裕&横山由美子
  • 1982年4月の同局オリジナル版放送開始より終了時まで一貫してこのコンビの司会で放送された。後番組の「SUPER COUNTDOWN 50」も続投(1993年9月まで)。

東海ラジオ版におけるエピソード[編集]

  • この番組の放送期間中、同局の時報CM日産自動車が担当していたが、『決定! - 』のオンエア時間中には当然流れなかった(時報音もなし)。ちなみに文化放送版も、昼ワイドとしては珍しく、放送時間内の時報は放送されなかった。
  • 14時前後には、必ず伊勢湾フェリーの当日の運航状況を伝えるインフォマーシャルを流していた。
  • 中日のデーゲームのうち、ビジターの試合の主催(ホーム)がヤクルトまたは大洋の場合は当該デーゲームを中継し、『決定! - 』を休止または当日夜に時間を変更して放送していた。特に大洋戦では、ニッポン放送が東海ラジオ向けに裏送り製作していたことから、制作局であるニッポン放送のアナウンサーが「本日のTOYOTAサンデースペシャルは…」と告知する、という奇妙な現象が起こっていた。
    • ちなみに文化放送・ラジオ大阪の場合、地元にプロ野球球団はあるものの、両局ともデーゲーム中継は行わない方針を採っていたため、『決定! - 』は日本シリーズ開催時を除き、原則として休止にはならなかった。

前番組[編集]

この番組の前番組は「ダイナミックレーダー・サンデー生ワイド」(放送時間は同じ時間)で、この時までは「競馬中継」が午後3時台に挿入されていた。この番組では日本ダービー有馬記念などの重賞のみ中継された。競馬コーナーが本格的に復活したのは、1994年4月開始の「一発逆転大放送! サンデーSUPERキンキン」(10:00~16:45)になってからである。

同時期、ラジオ大阪でも「OBCサンデー競馬」という番組があったが、この「全日本歌謡選抜」の開始に伴いいったん廃止され、大レースであっても競馬放送は行われず、この番組終了後の1994年4月に開始された「日曜競馬完全中継 OBCドラマティック競馬」で、午後のレース(のちに全レース)中継を再開している。

補足[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 男女デュエット曲の場合は、点数は紅白二等分で、男女混合グループの場合はメインボーカルの性別で加算した

関連項目[編集]

文化放送 日曜13:00~16:30枠
前番組 番組名 次番組
決定!全日本歌謡選抜