池田長賢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
池田長賢
時代 江戸時代前期
生誕 慶長9年(1604年
死没 寛文4年2月5日1664年3月2日
改名 長治、長賢
別名 帯刀(通称)
官位 従五位下
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川家光家綱
氏族 池田氏(長賢流)
父母 池田長吉、濱嶋氏
兄弟 長幸森寺長貞長政長頼長賢
内藤忠重
長清水野勝忠室、竹中重高
テンプレートを表示

池田 長賢(いけだ ながかた)は、江戸時代前期の旗本寄合

略歴[編集]

慶長9年(1604年)、池田長吉の五男として誕生。母は濱嶋氏。初名は長治

元和3年(1617年)より徳川家光に近侍する。後に小姓となり、蔵米500俵を与えられる。元和8年(1622年6月1日小姓組組頭となった。翌元和9年(1623年)、従五位下に叙し、帯刀と称し、蔵米を改められ、武蔵国埼玉郡において采地1000石を知行する。寛永3年(1626年)、常陸国真壁郡新治郡下野国芳賀郡のうちにおいて2000を加増される。寛永11年(1634年6月16日書院番番頭となり、翌寛永12年(1635年12月24日下総国香取郡匝瑳郡のうちにおいて3000石を加えられ、所領は6000石となった。慶安3年(1650年11月19日大番頭となった。

寛文4年(1664年)2月5日、死去。61歳。跡を子・長清が継いだ。

系譜[編集]

先代:
池田家(長賢流)
初代
次代:
池田長清