池田宗春

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
池田宗春
時代 江戸時代前期
生誕 承応2年(1653年
死没 貞享2年9月14日1685年10月11日
改名 長尚、宗春
別名 隼人(通称)
墓所 岡山県岡山市北区建部町の阿光山建部池田家墓所
主君 池田光政綱政
備前岡山藩
氏族 池田氏(長政流)
父母 池田長泰池田利政娘森昌院
兄弟 宗春土倉一長
日置忠治娘金子
太寅伊木忠義正室
テンプレートを表示

池田 宗春(いけだ むねはる)は、江戸時代前期の岡山藩家老。通称は隼人。建部池田家(森寺池田家)6代当主。

略歴[編集]

承応2年(1653年)、岡山藩家老池田長泰の嫡男として誕生。母は池田利政の娘森昌院。初名は長尚。

明暦3年(1657年)、父長泰の死去により知行のうち1万石を相続し、仕置家老となる。延宝2年(1674年)、領内の天神宮を再建、子孫累代崇敬し、筏祀科を献納した。延宝4年(1676年)、病により仕置家老を辞職する。

貞享2年(1685年)9月14日没。享年33。墓所は阿光山建部池田家墓所(岡山県岡山市北区建部町)。家督は嫡男太寅が相続した。正室の恵明院は元禄11年(1698年)2月18日没。

系譜[編集]

参考文献[編集]

  • 『池田老臣累記』
  • 『備前家老略伝』
先代:
池田長泰
建部池田家(森寺池田家)
6代
1657年 - 1685年
次代:
池田太寅