池田十三郎

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池田 十三郎(いけだ じゅうざぶろう、1870年(明治3年)8月3日[1] - )は明治から大正にかけての逓信官僚朝鮮総督府逓信局長官を務めた。

経歴[編集]

1870年8月3日、肥前国佐賀で、長崎県士族池田陽雲の四男として生まれ、叔父玄泰(1836年9月生[1])の養子となる[1]。1892年、東京帝国大学法科大学独法学科を卒業し、法学士を取得[1]。官吏になり、1892年7月、東京郵便電信学校教授に就任[2]。1892年11月の茨城県出張[3]、1895年の京都府出張[4]などを経て、1906年1月10日より統監府通信管理局[5]、1910年朝鮮総督府通信局長官、のち改称に伴い逓信局長官[1]。1917年6月6日まで逓信局長官を務めて[6]退官し、日本染料会社取締役社長に就任、1919年に退任[7]。1918年には家督を相続した[7]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『人事興信録 第4版』い124、人事興信録第4版池田十三郎
  2. ^ 『官報』第2719号「叙任及辞令」1892年7月21日。
  3. ^ 『官報』第2813号「叙任及辞令」1892年11月11日。
  4. ^ 『官報』第3567号「叙任及辞令」1895年5月23日。
  5. ^ 『官報』第6757号「叙任及辞令」1895年5月23日。
  6. ^ 『官報』第1454号「叙任及辞令」1917年6月7日。
  7. ^ a b 『人事興信録 第8版』イ104、人事興信録第8版池田十三郎