江村北海
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江村 北海(えむら ほっかい、正徳3年10月8日(1713年11月25日) - 天明8年2月2日(1788年3月9日))は、江戸時代中期の儒者、漢詩人。名は綬。字は君錫、通称は伝左衛門、北海と号す。福井藩の儒者・伊藤竜洲の第二子[1]。兄は伊藤錦里、弟は清田儋叟。
生涯
[編集]明石藩士であり母の兄にあたる河村家で生まれ、そこで養育された。はじめ学問には無関心だったが、北海の俳諧を見た梁田蛻巖に激励され勉学に専念。享保19年(1734)、父の友人である丹後宮津藩の儒者・江村毅庵が死去し、江村家の養子となる[1]。藩主・青山幸道は北海に吏才があることに気づき次第に重用する。宝暦8年(1758年)、美濃郡上藩に移封の際、病を理由に辞任を願ったが許されず、郡上に同行する。宝暦13年(1763年)に致仕し[1]、京都で賜杖堂を結ぶ[1]。
著書
[編集]『日本詩史』は、奈良時代から江戸時代までの日本漢詩の通史・評論として最初のものであり、批評の的確さでも知られる[1]。
- 『日本詩史』5巻
- 『日本詩選』15巻
- 『授業編』10巻
- 『北海詩鈔』8巻
- 『北海文鈔』3巻