江崎誠致

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

江崎誠致(えさき まさのり、1922年1月21日 - 2001年5月24日)は、日本小説家福岡県出身。フィリピンでの戦争体験を題材にした『ルソンの谷間』で直木賞受賞。囲碁愛好家としても知られ、呉清源などの棋士の評伝やモデル小説もある。

経歴[編集]

久留米市に生まれる。明善中学入学、卒業を待たずに上京し、図書館講習所を経て小山書店に入社し編集、出版業に就く。1943年に召集されて久留米歩兵第48連隊から第4航空隊に転属し、フィリピンに出征。1946年に復員して小山書店に復帰。1949年に小山書店を辞めて独立し冬芽書房を設立、翌年解散して洋紙店などを経営しながら、日本共産党の資金部にて政治活動を行う。

1955年に喀血して療養生活となり、療養中に戦争体験に基づく『ルソンの谷間』を執筆し、1957年に第37回直木賞受賞。続いて肺切除の手術を受け、その体験から『肺外科』を執筆。その後大衆小説『爆弾三勇士』『裏通りの紳士』や、政治運動体験をもとにした『十字路』、運慶仏師を描いた時代小説『運慶』などを執筆。

小学6年頃に父に習った囲碁は生涯愛好した。復員後、高川格に手ほどきを受ける。のち「小説高川秀格」を執筆。アマチュア高段者の実力となり、文壇本因坊戦、文壇名人戦などでも活躍。本因坊戦など新聞の観戦記や、囲碁に関するエッセイも多い。1991年には日本棋院より大倉賞授与。他の趣味は、碧梧桐の夫人、戦後は宝生弥一に習ったという

作品[編集]

小説[編集]

  • 『ルソンの谷間』筑摩書房 1957年
  • 『肺外科』筑摩書房 1957年
  • 『死児の齢 第一部 爆弾三勇士』筑摩書房 1958年
  • 『死児の齢 第二部 笹りんどう』筑摩書房 1958年
  • 『裏通りの紳士』筑摩書房 1958年
  • 『花の魔術師』光文社 1959年
  • 『屑』講談社 1959年
  • 『ルバング島』光文社 1959年
  • 『雑婚時代』文藝春秋新社 1960年
  • 『離宮流』講談社 1960年
  • 『何処かに炎が』文藝春秋新社 1961年
  • 『ちどり足』講談社 1962年
  • 『すっぽん同士』七曜社 1962年
  • 『女の鋳型』講談社 1962年
  • 『抱擁記』講談社 1964年
  • 『運慶』筑摩書房 1964年
  • 『十字路』文藝春秋新社 1964年
  • 『死児の齢』(第一、二部に第三部「幡ヶ谷ハウス」を加えたもの)筑摩書房 1964年
  • 『岩棚』筑摩書房 1966年
  • 『やどかり』毎日新聞社 1973年
  • 『復讐』毎日新聞社 1973年
  • 『虹』毎日新聞社 1976年
  • 『目碁の館』双葉社 1978年
  • 『懸賞打ち - 賭碁放浪記』双葉社 1979年
  • 『ルソンの挽歌』光人社 1985年
  • 『大坂城 (物語・日本の名城)』成美堂出版 1992年

囲碁読物[編集]

  • 『昭和の碁』筑摩書房 1967年
  • 『石の鼓動』双葉社 1973年(坂田栄男のモデル小説)
  • 『盤側の風雪』立風書房 1975年
  • 『名人碁所』新潮社 1982年(江戸時代名人碁所を巡る物語)
  • 『江崎誠致の碁の本』(全3巻)筑摩書房 1982-83年
『盤上盤外の記』『碁の博物誌』『棋士の勲章』

エッセイ[編集]

  • 『新宿散歩道』文化服装学院出版局 1969年(『ミセス』1968年連載)
  • 『らんか帖 - ヘソ曲りで生きよう』新潮社 1983年
  • 『ここ一番に勝つ生き方 - 眼力と胆力をどう養うか』ダイヤモンド社 1984年

作品集[編集]

  • 『新日本文学全集8 江崎誠致・城山三郎集』集英社 1964年
  • 『江崎誠致と青春文学選』(全3巻)光人社 1977-78年
『ルソンの谷間』『小さな皇軍』『修羅と影』

参考文献[編集]