永福寺跡

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 永福寺跡

永福寺跡(ようふくじあと)は、神奈川県鎌倉市二階堂にある史跡。永福寺は鎌倉時代初期、源頼朝中尊寺の二階大堂、大長寿院を模して建立した寺院で、鶴岡八幡宮勝長寿院とならんで当時の鎌倉の三大寺社の一つであった。二階建てであった事から二階堂とも称された。寺跡は国の史跡に指定されている。世界遺産候補となっている武家の古都・鎌倉の構成資産のひとつ。

歴史[編集]

源頼朝は文治5年(1189年)9月の奥州合戦を契機に、源義経藤原泰衡をはじめとする数万の怨霊をしずめ、冥福を祈るための寺院の建立を発願。その年の12月には永福寺の建立に着手した。建立には畠山重忠ら関東の御家人の助力があった事が『吾妻鏡』に記載されている。建久3年(1192年)11月25日に本堂が完成し、落慶供養が行われた。

応永12年(1405年)の火災ののち廃絶した。

昭和58年(1983年)から開始された調査で、 北方から流れ込む谷川を水源とする南北200メートル、東西40 - 70メートルの園池を中心とした浄土庭園の西岸に、二階大堂を中心に南北に阿弥陀堂薬師堂翼廊を従えた中心伽藍が確認された。このことから、伽藍全体の空間構成は無量光院をモデルにしたと考えられる[1]

現在、永福寺跡周辺が「二階堂」と呼ばれているのも、この建物が由来となっている。

復元[編集]

長らくススキが生える湿地となっていたが、史跡指定翌年の1967年度から土地の公有化を進め、2007年以降復元整備工事に着手し、2017年6月、二階堂、阿弥陀堂、薬師堂などの基壇(基礎)と苑池の復元が完了し、公開された。

脚注[編集]

  1. ^ 小野健吉『日本庭園:空間の美の歴史』岩波書店〈岩波新書〉2009年、ISBN 9784004311775 pp.106-108.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度19分41秒 東経139度34分04秒 / 北緯35.32806度 東経139.56778度 / 35.32806; 139.56778