水野貴史
| 水野貴史 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 群馬県 |
| 生年月日 | 1972年11月2日(46歳) |
| 血液型 | A型 |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | 埼玉県浦和競馬組合 |
| 所属厩舎 | 小嶋一郎(浦和) |
| 勝負服 | 胴黄・緑二本輪、袖緑 |
| 初免許年 | 1990年 |
| 免許区分 | 平地 |
| 調教師情報 | |
| 初免許年 | 2013年6月1日 |
水野 貴史(みずの たかし、1972年11月2日 - )は、地方競馬の浦和競馬場小嶋一郎厩舎所属の元騎手で、現調教師である。父は高崎競馬場の元調教師水野清貴、双子の兄は日本中央競馬会 (JRA) 所属の元騎手・水野貴広調教師。
来歴[編集]
1990年4月10日に高崎競馬場所属騎手としてデビューし、4月11日にデビュー8戦目で初勝利を挙げる。兄より騎手デビューは早かった。
1991年8月4日、高知競馬場で行われた第6回全日本新人王争覇戦出場(10頭立て3着)[1]。
1996年、10月6日にJRA初騎乗及びJRA重賞初騎乗となった東京競馬場での毎日王冠では、12番人気だったダンディテシオに騎乗し11着だった。
2002年、4月21日に京都競馬場で行われた第12レースを15番人気だったブランニューカラーで勝利し、JRA初勝利を挙げた。2007年9月時点で唯一のJRAでの勝利となっている。この年は857戦155勝で高崎のリーディングジョッキーとなる。
2003年、948戦148勝で2年連続で高崎のリーディングジョッキーとなる。
2004年、12月31日の開催を最後に高崎競馬場が廃止される。1061戦137勝を挙げ最後の高崎でのリーディングジョッキーとなった(3年連続)。
2005年、北関東から南関東に移籍し、4月8日付で浦和競馬場の浜村恵厩舎所属となる。4月16日に移籍後初騎乗となった浦和競馬第1競走では3着となり、同日第10競走で勝利し、移籍後初勝利を挙げた。
2007年、2月20日に大井競馬場で行われたフォーチュネイト水仙特別で、兄の管理馬であるリアルファンタジーに騎乗し7着となる。このレースは兄にとって地方競馬への初出走だった。6月23日から7月21日まで武者修行の為にオーストラリアに遠征し、メルボルン地区にあるバララット競馬場を中心にパケナム競馬場、サンダウンパーク競馬場などで騎乗した。6月28日にはバララット競馬場で遠征後初騎乗で初勝利を挙げた。
2008年12月24日、浦和競馬の第19回オーバルスプリントをトーセンラヴで優勝[2]し、南関東移籍後初重賞制覇。
2013年5月31日、平成25年度第1回調教師免許試験に合格したのに伴い騎手を引退。翌6月1日付けで調教師となった。
2016年3月16日大井・京浜盃をタービランスで制し、調教師としての重賞初勝利[3]。
主な騎乗馬[編集]
- カツサニー(1991年群馬記念)
- テンリットル(2002年 - 2003年高崎大賞典ほか)
- タイガーロータリー(2003年北関東ダービー、北関東菊花賞ほか)
- トーセンラヴ(2008年オーバルスプリント)
- ドラゴンウィスカー(2011年ニューイヤーカップ)
主な管理馬[編集]
エピソード[編集]
- 2007年のオーストラリア遠征時には、現地で開業している繁実剛調教師に世話になった。
脚注[編集]
- ^ 9R 全日本新人王争覇戦 C - JBISサーチ
- ^ オーバルスプリント、トーセンラヴが重賞初制覇 - netkeiba.com
- ^ “水野調教師 重賞初制覇!!”. 浦和競馬 (2016年3月18日). 2016年4月4日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 騎手登録情報 - 地方競馬情報サイト
- 騎手詳細データ - nankankeiba.com
- 貴族 - 水野貴史騎手公式ブログ
- 浦和競馬場所属騎手-今月の騎手 - 社団法人埼玉県馬主会
- 騎手・調教師の紹介/浦和所属騎手 - ウラワケイバ特別。
- 水野貴史 (@mizunomoco) - Twitter