水野祐希

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水野祐希
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県春日井市
生年月日 (1987-06-09) 1987年6月9日(31歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト4巡目
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

水野 祐希(みずの ゆうき、1987年6月9日 - )は、愛知県春日井市出身の元プロ野球選手(捕手)である。

来歴・人物[編集]

アマチュア時代[編集]

東邦高等学校時代には、木下達生とバッテリーを組む一方で、3年生になった2005年に主将を務めた。同年の第77回選抜高等学校野球大会では、チームのベスト8進出に貢献。3月27日の対育英高等学校戦では、0対0で迎えた延長10回裏2死1塁で迎えた打席で、若竹竜士からサヨナラ三塁打を放った。同年夏のAAAアジア選手権では、日本代表の副主将に選ばれている。

2005年10月3日高校生ドラフトで、東京ヤクルトスワローズからの4巡目指名を受けて入団。また水野とバッテリーを組んだ木下も、日本ハムからの3巡目指名を受けた。

プロ入り後[編集]

入団1年目の2006年は、二軍で体力作りに専念。一軍への昇格機会はなく、イースタン・リーグの公式戦でも18試合の出場にとどまった。しかし、4月18日のイースタン・リーグの対日本ハム戦の代打で、プロ初打席初安打を記録。シーズン終了後には、フェニックスリーグへの派遣メンバーに入った。

2008年には、イースタン・リーグ公式戦48試合に出場。打率こそ.183と伸び悩んだが、捕手としては衣川篤史と並ぶチームトップの43試合でマスクをかぶって、守備率.991と記録した。

2009年には、同じ捕手の中村悠平新田玄気が入団した影響で、イースタン・リーグ公式戦でわずか13試合の出場にとどまった。2010年以降は、同リーグ公式戦への出場機会が少ないものの、プロ初本塁打を放つなど打撃面で成長を見せていた。

2012年には、プロ入り後初めて、一軍の春季キャンプメンバーに選出。しかし、一軍公式戦への出場機会がないまま、2013年10月1日に球団から戦力外通告を受けた[1]2014年からは、二軍のスタッフとして球団に残る[2]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 59 (2006年 - 2013年)

脚注[編集]

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  1. ^ 来季の契約について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
  2. ^ スタッフ契約について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2013年12月25日). 2013年12月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]