水野仙子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
水野 仙子
(みずの せんこ)
Senko Mizuno.jpg
ペンネーム 服部水仙、服部貞子、水野仙など
誕生 1888年12月3日
福島県須賀川市
死没 1919年5月31日
群馬県草津温泉
墓地 雑司ヶ谷霊園
職業 作家
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 須賀川裁縫専修学校
活動期間 1905年 - 1919年
ジャンル 小説
代表作 『娘』、『徒労』、『嘘をつく日』
デビュー作 『水仙の花』
配偶者 川浪道三
親族 服部躬治(長兄、歌人)、服部節子(長姉)、服部ケサ(次姉、救ライ運動の医師)
公式サイト [1]
テンプレートを表示

水野 仙子(みずの せんこ、1888年明治21年)12月3日 - 1919年大正8年)5月31日)は、日本小説家。本名、服部テイ。筆名、服部水仙、服部貞子、服部水仙子、水野仙など。

生涯[編集]

服部直太郎とセイとの二男三女の末子として、福島県岩瀬郡須賀川町(現・須賀川市)に生まれた。燃料などを商う旧家だった。

1903年(明治36年)(15歳)、須賀川尋常高等小学校(現・須賀川市立第一小学校)を最優秀の成績で卒業し、須賀川裁縫専修学校に入った頃から、『少女界』誌に投稿した。長兄の歌人躬治(もとはる)が選者でいた。卒業後裁縫女塾へ通い、1905年から、河井酔茗の『女子文壇』誌に投稿し入選した。投稿仲間の愛称は『お貞さん』だった。1908年からは『女子文壇』に、全投書の掲載を約束された。

1909年(明治42年)(21歳)、『文章世界』誌に発表した『徒労』が編集主任の田山花袋に激賞されて上京し、田山家に寄寓して内弟子となった。そして、翌年の『お波』(中央公論2月号)、『娘』(同11月号)あたりで、投稿少女から一人立ちの作家となった。

1911年、6年越しの文学仲間、川波道三と結婚した。花袋とは疎隔した。この年創刊された『青鞜』の社員となって作を載せたが、青鞜社の『新しい女たち』とは馴染まなかった[1]

1915年(大正4年)9月、前田晁に勧められて読売新聞記者となり、身上相談を受け持ったが、半年後肋膜炎を病んで退社。肝臓病、腹膜炎を併発し、療養したが、1918年(30歳)再発した。病床で有島武郎の作品の批評を書いて、武郎との文通が始まった。

その9月から、次姉ケサが勤める草津温泉聖バルナバ医院へ入院し、翌1919年(大正8年)5月、亡くなり、雑司ヶ谷墓地に葬られた。

1920年9月、夫道三編集の『水野仙子集』が、叢文閣から刊行された。題字尾上柴舟、序文田山花袋、跋文有島武郎、装丁岸田劉生である。仙子の作品の約三分の一、22篇を納めている。

手近な作品[編集]

  • 「『水野仙子集』復刻版、不二出版、叢書 青鞜の女たち 10(2005)」に収録されている作品。(標題の次は、初出誌ないし紙。その次の(1910.05)などは、初出の西暦年月。行末の (青)印の作品は、2010年7月現在、青空文庫に収められている。)
    • 『四十餘日』、趣味(1910.05)(青)
    • 『女醫の話』、青鞜(1912.09)
    • 『陶の土』、新潮(1913.01)
    • 『神楽坂の半襟』、婦人評論(1913.02)(青)
    • 『女』、文章世界(1913.02)(青)
    • 『夜の浪』、女子文壇(1913.07)(青)
    • 『犬の威厳』、中央文學(1914.02)(青)
    • 『熱』、文章世界(1914.12)
    • 『悔』、淑女画報(1915.09)(青)
    • 『一粒の芥子種』、文章世界(1915.09)
    • 『淋しい二人』、新潮(1915.10)
    • 『二等室の思出』、希望(1916.04)
    • 『一樹の蔭』、新日本(1917.04)
    • 『十六になったお京』、読売新聞(1917.06)
    • 『道 - ある妻の手紙』、讀賣新聞(1917.12)(青)
    • 『輝ける朝』、中外(1918.02)(青)
    • 『お三輪』、中外新論(1918.04)
    • 『沈みゆく日』、中外新論(1918.12)
    • 『響』、女學世界(1919.01)(青)
    • 『嘘をつく日』、文章世界(1919.02)(青)
    • 『白い雌鶏の行方』、家禽界(1919.04)(青)
    • 『酔ひたる商人』、文章世界(1919.07)(青)
  • 上の(青)印のほか、青空文庫に収録されている作品
    • 『散歩』、(1914.09)、中央文学
    • 『脱殻』、(1913.12)、新潮
    • 『冬を迎へようとして』、新潮、(1913.12)
  • その他、水野仙子ホームページに多数の作品が収録されている。
  • 上記のほか、単書に収録されている作品
    • 『神楽坂の半襟』、「渡邊澄子編:短編女性文学近代続』、おうふう(2002)」の中
    • 『四十余日』、「筑摩書房 明治文学全集82(1965)」の中
    • 『お三輪』、「編年体大正文学全集7、ゆまに書房(2001)ISBN 9784897148960」の中
    • 菅野俊之編:『水野仙子4篇、散歩・脱殼・徒勞・お波』、エディトリアルデザイン研究所(2000)ISBN 9784901134170(『お波』の初出は、中央公論(1910.02))

出典[編集]

  • 渡邊澄子編:『短編女性文学近代続』、おうふう(2002)ISBN 9784273031169
  • 今井邦子:『水野仙子さんの思ひ出』(「塩田良平編:明治文学全集 第82 明治女流文学集 第2、筑摩書房(1965)」の巻末 / [2](青空文庫)
  • らいてう研究会編:『「青鞜」人物事典 110人の群像』、大修館書店(2001)ISBN 9784469012668

脚注[編集]

  1. ^ 『冬を迎へやうとして』、新潮、1913年12月号(青空文庫に収録)

外部リンク[編集]