水橋町
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| みずはしまち 水橋町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1966年5月1日 |
| 廃止理由 |
編入合併 水橋町 → 富山市 |
| 現在の自治体 | 富山市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
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| 地方 | 中部地方(北陸地方) |
| 都道府県 | 富山県 |
| 郡 | 中新川郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 面積 | 23.87[1] km2. |
| 総人口 |
16,112人 (国勢調査、1965年) |
| 隣接自治体 |
富山市、滑川市、上市町、立山町、 舟橋村 |
| 水橋町役場 | |
| 所在地 | 富山県中新川郡水橋町 |
| 座標 | 北緯36度45分01秒 東経137度18分37秒 / 北緯36.75036度 東経137.31014度座標: 北緯36度45分01秒 東経137度18分37秒 / 北緯36.75036度 東経137.31014度 |
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| ウィキプロジェクト | |
水橋町(みずはしまち)は、かつて富山県中新川郡に存在した町。現在は富山市。
古くからの漁業、農業が盛んであった地域である。1966年(昭和41年)の水橋町廃止後、富山県では38年間にわたって廃止される自治体がなかった。そのため、水橋町の富山市編入は事実上「昭和の大合併における富山県最後の合併」である。
地理
[編集]歴史
[編集]- 近世には天然の良港として船舶が集まる宿場町だった。
- 明治時代から昭和初期までは、五百石船や千石船が水橋川の河口から北海道や樺太などに出航していた。
- 1918年(大正7年)7月 - 全国に先駆けて米騒動を起こした。
- 1940年(昭和15年)11月15日 - 中新川郡東水橋町、西水橋町及び下条村が合併して、中新川郡水橋町が発足する。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 中新川郡水橋町、上条村及び三郷村が合併して、中新川郡水橋町が発足する。
- 1965年(昭和40年)11月1日 - 滑川市、中新川郡上市町及び水橋町の区域の境界を変更する。
- 1966年(昭和41年)5月1日 - 富山市に編入する。
- 当時の水橋町助役の回想によると、当時の水橋町は財政難に苦しんでいて、非公式ながら先に滑川市への合併を打診していた。しかし、当時の滑川市長に断られたことで、広域都市圏構想を打ち出していた富山市との合併に至ったという[5]。
娯楽
[編集]1960年(昭和35年)の水橋町には以下の映画館が存在した[6]。
- 水橋映画劇場 - 映画館(〜1960年代)。
歴代町長
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
出典→[7]
- 藤木治郎平(1940年11月15日 - 1941年2月14日)
- 藤木治郎平(1941年2月15日 - 1942年10月6日)
- 小松武五郎(1942年12月28日 - 1945年11月13日)
- 藤木治郎平(1945年12月4日 - 1946年11月22日)
- 杉村政義(1947年4月6日 - 1947年12月28日)
- 角田又一(1948年2月26日 - 1949年5月21日)
- 石黒重次(1949年6月25日 - 1950年1月23日)
- 尾島基康(1950年2月28日 - ?)
脚注
[編集]- ^ 『富山県大百科事典』(1976年8月1日、富山新聞社発行)946頁。
- ^ 『富山県町村合併誌 上巻』(1961年9月1日、富山県発行)277頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)826頁。
- ^ 『水橋町郷土史 第一巻』(1966年3月30日、水橋町役場発行)270頁。
- ^ 『市制70周年記念 シン・なめりかわ昭和今昔写真館』(2023年7月14日、滑川市立博物館発行)7頁。
- ^ 『映画年鑑 1960年版 別冊 映画便覧 1960』時事通信社、1960年。1960年の映画館(北陸・甲信越地方)「消えた映画館の記憶」を参照した。
- ^ 『水橋町郷土史 第一巻』(1966年3月30日、水橋町役場発行)485頁。
参考文献
[編集]- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。
