水メタノール噴射装置

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水メタノール噴射装置(みず - ふんしゃそうち、Water Methanol injection)は、主に過給機レシプロエンジン出力を向上させるための装置である。

概要[編集]

熱機関熱サイクルの低温熱源と高温熱源の温度差が大きい程効率が良く、内燃機関吸気温度が低い程効率が良い。内燃機関では、高出力の範囲において混合気[1]の混合比[2]の設定を最良混合比より濃く設定して、その分の過剰燃料による気化熱によって混合気の温度を下げてデトネーションを防ぐ仕組みになっている為、混合気が最良混合比の設定の場合と比べて、高出力での出力が少し低下していた。そこに、吸気にを噴射して、過剰燃料による気化熱を水の気化熱によって補い、より混合気を冷却する[3]とともに、高出力での混合気を最良混合比に設定して、効率(出力)を上げる装置が水噴射装置である。

過給機付きのエンジンの場合は、過給機によって圧縮された吸気は温度が上昇するため、特に必要とされる。航空用エンジンで用いる場合、高空での凍結を防ぐ目的でメタノールが混ぜられるため、水メタノール噴射と言う。第二次世界大戦期において枢軸国側の航空用エンジンに多く用いられ、ドイツではMW 50等が使用されていた。同様の役割を持つものとしてインタークーラーがある。

過給圧を上げればエンジン出力も上がるが、圧縮された空気はより高温になるため、過給圧の上げすぎはエンジンノックを招き、最悪の場合はエンジンブローにつながる恐れがある。これを防ぐには、アンチノック性の高い燃料を使う・吸気温度を下げる、などの対策が必要である。第二次大戦期において、連合国側の航空機用ガソリンは100 - 120オクタン程度のオクタン価(現代のアブガス相当)があったが、枢軸国側は90オクタン前後(現代のレギュラーガソリン並)であったため、枢軸国側では入手不可能の100オクタン燃料は「91オクタン燃料 + 水メタノール噴射」で代用することとなり、大戦末期の日本軍の航空機用エンジンには、軒並み水メタノール噴射装置の装備が試みられた。

大日本帝国の航空機用エンジンでは、中島飛行機栄31型(ハ115-Ⅰ)にて搭載が行われたが、大日本帝国海軍の主力戦闘機である零式艦上戦闘機では栄31型は「調整が困難かつ実効がほとんど認められないどころか性能低下の一因ともなる」と酷評され、同時期に減速遊星歯車の不具合に起因するプロペラ破損のトラブルに技術陣が掛かりきりになった事もあり、水メタノール噴射装置搭載機は試作1機で終わり、装置の多くは倉庫で埃を被ることになった。この結果、大量生産された零戦五二型丙 (A6M5c) は栄21型装備のまま武装・防弾のみを強化したため正規全備重量が3,000kg近くまで増加、その代償として速度・上昇力が大きく低下する結果を招いた。この混乱が治まった後に栄31型の審査は再開されたものの、審査終了が終戦間際であったため、栄31型装備の零戦が多数配備されるまでには至らなかった。同時期に生産された誉(ハ45)にも水メタノール噴射装置は搭載されたが、調整や整備以前にガソリンのオクタン価の低さも一因となり、海軍では満足に稼働させる事すら困難を極めたまま終戦を迎えている。

日本海軍の水メタノール噴射装置に対する無理解の一方で、大日本帝国陸軍は既に型落ちとなり始めていた一式戦闘機「隼」の強化策の一環としてハ115-Ⅰを隼に積極的に搭載、隼三型として陸軍飛行戦隊で制式採用し1,153機を戦地へ送り出していった。今日ではほとんど顧みられる事も無くなっているが、陸軍側の資料では隼三型を担当した大島設計主務は「速度は零戦の各型より優速となり、上昇力、航続距離、操縦性何れも上回り、劣っているのは武装のみ」と水メタノール噴射装置を好意的に評し、パイロットの証言としても「自分が生き残る事が出来たのは一式戦三型に載っていたからであり、他の機種では恐らく生き残れなかっただろう」と言わしめる程の効果を発揮したという[4]。海軍が手を焼いたハ45搭載の四式戦闘機「疾風」についても、飛行第47戦隊「整備指揮小隊」のように、エンジンに対する深い見識を持つ指揮官が地上要員とパイロットの協同で整備に当たらせる事で終戦まで稼働率90%以上を維持した部隊も存在していた。パイロットがある種の特権階級であった海軍と異なり、陸軍では伝統的にパイロットも手空き時に整備兵と共に機体の整備に参加する風習があり、これを最大限に活用したのである。同戦隊整備指揮班長刈谷正意中尉によれば、「47戦隊で100パーセント働いた」誉エンジンが他部隊で動かなかったのは「日本陸軍の整備教育が間違っていたから」であり、「疾風(誉)のせいじゃない」と回想している。また、日本陸軍は大東亜戦争開戦前よりドイツ第三帝国の高速試験機メッサーシュミットMe 209に対抗すべく、東京帝国大学航空研究所と協同で研三(キ78)の研究を進めており、過給機の改造に水メタノール噴射装置による純メタノール噴射を併用する事で、1943年10月5日の第二十四回飛行試験では計器指示速度682km/hを出し、計器誤差修正した真速度は日本のレシプロ機中最速となる699.9km/hを達成しており、この事からも日本陸軍の技術陣は水メタノール噴射装置の重要性を早くから理解していたものとみられる。

特徴[編集]

メリット

  • オクタン価の低い燃料でも比較的簡単に最大過給圧を上げることができる。
  • 過給機からインテークマニホールドまでの吸気経路に手を加える必要が無い為、スペースの制約上エンジンの至近にインタークーラーを設置する事が難しい場合に有力な選択肢となりうる。
  • インタークーラーを設置する場合、通常は吸気経路の至近、市販自動車ならばフロントマスクの開口部付近に置く事が望ましいが、空気抵抗を出来るだけ下げる為には機体前方に開口部を設けない事が望ましくなってくる。このような場合、エンジンから離れた位置まで吸気経路を取り回してインタークーラーを設置せざるを得なくなり、大きなターボラグや圧力損失が発生する原因にもなる。ノッキングの起こりにくいディーゼルターボではターボラグの発生を嫌ってインタークーラーを敢えて付けないレイアウトにする場合もしばしばあり、このような制約の中で性能向上を進めていかざるを得ない場合にも有力な選択肢となりうる。

デメリット

上記のようなデメリットのため、現在では一般的な用途では完全にインタークーラー(+ ハイオクガソリン)にとって代わられている。

ジェット機での採用[編集]

ウエットテイクオフを行うJ57エンジン搭載のKC-135

水メタノール噴射装置は上述の通り、主にレシプロエンジンで用いられたが、ジェットエンジンでの使用、またはそれが試みられた例がある。

B-52爆撃機(初期型)など、1950年代に登場したジェット機では、離陸時の推力向上を目的に水メタノール噴射装置が搭載されているものがあった。 水メタノール噴射時には多量の黒煙を排出したため、装置の使用 / 不使用が外部から容易に確認可能であった。

F-4戦闘機において、エンジンに水メタノール噴射装置を付加する事によって、最大速度M3.2、巡航速度M2.7を目指した。しかしながら、F-4戦闘機の高性能化が可能であるという事実がF-15戦闘機の開発に悪影響を与えるのではないかという懸念と、水噴射の安全性信頼性が問題視され、開発は中途で頓挫した。

自動車での利用[編集]

自動車でも歴史上いくつかの市販車で水メタノール噴射装置の装着が行われた。アメリカ車では1961-63年式オールズモビル・カトラス英語版では市販車史上初のターボモデル、F-85 ジェットファイアーを設定しているが、この時選定された215Cu-in(3.52L)のオールズモビル・V8エンジン英語版には同年発売のシボレー・コルヴェアのターボモデルと異なり、水メタノール噴射装置が搭載されていた。オールズモビルは水メタノール混合液を「ターボ-ロケット・フルード」と称して販売していた[5]欧州車では1978年のサーブ・99ターボSが水メタノール噴射装置を搭載している。

モータースポーツでもターボチャージャーの普及と共に水メタノール噴射装置の設置が試みられた。特にスペースの制約が航空機並みに大きいフォーミュラカーでは水メタノール噴射装置は性能向上の有力な選択肢の一つであったが、フォーミュラ1では一部のチームに残された自然吸気エンジンとの併走の中でいくつかの大きな事件も引き起こした。初期のF1ターボエンジンであるルノー・EF型エンジン英語版は1982年モデルより水メタノール噴射装置を用いるようになり、ルノーユーザーのロータス・98Tなどがこれを利用した。当時のほとんどのF1コンストラクターがターボエンジンと水メタノール噴射装置の搭載を行う中、自然吸気勢にもハンディキャップとして水タンクを含むバラストを搭載する最低重量規制が敷かれた。1982年の時点ではブラバムウィリアムズF1などの自然吸気勢はディスクブレーキに水を噴射する「水冷ブレーキ」なる機構を考案してターボ勢に対抗するが、本戦中に水を捨てて軽量化し、レース終了後にタンクに水をつぎ足す事で車検をパスするという手法は国際自動車連盟の抗議により間もなく使用できなくなり、これに抗議するFOCAにより1982年サンマリノグランプリの大量ボイコットという事態に至ってしまう。このような背景の中、1984年の時点で唯一の自然吸気エンジンユーザーとして残されたティレルが引き起こしたのが、今日も続く論争となっている「水タンク事件」であった。世界ラリー選手権では1982年のランチア・ラリー037、2000年代のシュコダ・ファビアWRCスバル・ワールド・ラリーチーム英語版スバル・インプレッサWRC2005に水メタノール噴射装置を搭載した。チューニングカーの世界では、インタークーラーを装着してもなお吸気冷却に不足が生じる事態が発生した場合に、水メタノール噴射装置を追加する事が問題解決の有力な選択肢であると認識されている。

性能向上策以外では、マザーアースニュースが伝えるところに因れば、1970年代には強化の一途を辿る自動車排出ガス規制や燃費対策として水メタノール噴射装置を研究するメカニックも存在したという。トロニータ・パット・グッドマンは1964年にレース用ポルシェに水メタノール噴射装置を搭載し大きな性能向上が認められたが、レース運営者はレギュレーションでこれを禁止する事で対応した。その後1978年にフォード・フィエスタスモッグポンプの制御機構と連動して作動する水メタノール噴射装置を搭載し、12.7:1という高圧縮比ピストンを組み込む事で50マイル毎ガロン(約21.25km/L)の燃費を記録した[6]。グッドマンの装置は1980年に米国特許4300484Aを取得しているが、78年当時でも財政難が伝えられており、その後大きな広まりを見せる事は無かったようである。同時期にロン・ノバックも簡単にDIYできる非常に簡素な構造の水メタノール噴射装置を製作しており、自身のホンダ・シビックなどの車両に組み込んで平均6%の燃費向上を認めたという[7]

2015年にはBMWM4 GTSに水メタノール噴射装置を搭載し、同年のMotoGP公式セーフティーカーとして発表、2016年からの市販を行うとした[8]。この技術はボッシュが「ウォーター・ブースト」と称して開発を行っており、同社によれば最大4%の二酸化炭素の減少、最大5%のエンジン出力向上と最大13%の燃費向上が行えると主張している[9]

脚注[編集]

  1. ^ 気化した燃料と空気が混合した物。
  2. ^ 混合気中の燃料空気の重量比のこと。
  3. ^ 水の気化熱による混合気の冷却が、過剰燃料による気化熱よりも良い為、吸気温度をさらに下げることができる。
  4. ^ 日本軍用機の発動機の系譜 - 一式戦闘機「隼」研究所
  5. ^ Olds FAQ - Jetfire
  6. ^ Water Injection Wizardry - マザーアースニュース、1979年9月/10月。
  7. ^ Ron Novak's Homemade Water Injection System - マザーアースニュース、1979年11月/12月。
  8. ^ BMW M Power - Innovative water injection system
  9. ^ Bosch WaterBoost - Bosch Mobility Solutions