民主革命党 (パナマ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
パナマの旗 パナマ政党
民主革命党
Partido Revolucionario Democrático(PRD)
PRD panama Party.png
党旗
党首 フランシスコ・サンチェス・カルデナス
成立年月日 1979年3月15日
本部所在地 パナマの旗 パナマパナマ市
政治的思想・立場 社会民主主義
公式サイト www.prdpanama.org
国際組織 社会主義インターナショナル
ラテンアメリカ・カリブ政党常設会議
中央アメリカ議会中道民主派
テンプレートを表示

民主革命党(みんしゅかくめいとう、Partido Revolucionario Democrático、略称:PRD)は、パナマで1979年に結成された民族的な左派政党である。当時パナマを支配していたオマル・トリホス将軍の与党として結成された。社会主義インターナショナルに加盟している。

トリホス将軍はパナマ運河の返還やキューバとの関係強化など民族主義的・左翼的色彩の強い政策を行っており、民主革命党の政策も当初はそれに準ずるものであった。しかし、1981年にトリホス将軍が不可解な飛行機事故で死去して以降、後継者となったマヌエル・ノリエガ将軍がアメリカ合衆国保守派との妥協・取引を進めるとともに、民主革命党も急激に保守化していった。ところが1989年にはノリエガとアメリカ合衆国との対立が激化し、パナマ侵攻に至る。ノリエガ将軍は逮捕され、民主革命党も政権から排除される。

しかしその後、1994年にエルネスト・ペレス・バジャダレスが民主革命党から大統領に当選した。1999年の大統領選では政権を失うが、2004年の大統領選でオマル・トリホス将軍の子供であるマルティン・トリホスが民主革命党から立候補し、当時圧倒的な得票で当選した。ただし、オマル・トリホス将軍の時代と比べると、民主革命党の政策は穏健化している。

外部リンク[編集]