毛利晴光
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毛利 晴光(もうり はるみつ、1951年〈昭和26年〉10月1日 - )は、日本の裁判官[1][2]。主に刑事裁判を担当し、横浜地方裁判所部総括判事(第5刑事部)、長崎家庭裁判所長を歴任した後、2016年(平成28年)10月1日に定年退官した[1]。退官後、神奈川県弁護士会に弁護士登録し、弁護士法人おおどおり総合法律事務所に入所して弁護士活動に従事している[3]。
| 毛利 晴光 もうり はるみつ | |
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| 生年月日 | 1951年10月1日(75歳) |
| 出生地 |
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| 国籍 |
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| 出身校 | 東京大学法学部[3] |
| 任期 | 2014年11月29日 - 2016年9月30日 |
| 前任者 | 田中俊次[4] |
| 後任者 | 岸和田羊一 |
経歴
[編集]東京大学法学部卒業後[3]、第32期司法修習生[1][3]。
- 1980年(昭和55年)4月8日 - 1983年(昭和58年)3月31日:東京地方裁判所判事補[1]
- 1983年(昭和58年)4月1日 - 1986年(昭和61年)3月31日:金沢地方裁判所・金沢家庭裁判所判事補[1]
- 1986年(昭和61年)4月1日 - 1989年(平成元年)3月23日:盛岡地方裁判所・盛岡家庭裁判所判事補[1]
- 1989年(平成元年)3月24日 - 1989年(平成元年)3月31日:東京地方裁判所判事補[1]
- 1989年(平成元年)4月1日 - 1993年(平成5年)3月31日:法務省刑事局付[1][2]
- 1993年(平成5年)4月1日 - 1996年(平成8年)3月31日:東京地方裁判所判事[1]
- 1996年(平成8年)4月1日 - 1999年(平成11年)3月31日:大阪地方裁判所判事[1]
- 1999年(平成11年)4月1日 - 2000年(平成12年)3月24日:大阪地方裁判所部総括判事(第4刑事部)[1]
- 2000年(平成12年)3月25日 - 2004年(平成16年)3月31日:司法研修所教官[1]
- 2004年(平成16年)4月1日 - 2005年(平成17年)3月14日:東京高等裁判所判事[1]
- 2005年(平成17年)3月15日 - 2008年(平成20年)3月31日:東京地方裁判所部総括判事(刑事第2部)[1][5]
- 2008年(平成20年)4月1日 - 2009年(平成21年)3月31日:東京地方裁判所八王子支部部総括判事(刑事第2部)・東京家庭裁判所八王子支部部総括判事[1][2][6]
- 2009年(平成21年)4月1日 - 2012年(平成24年)6月1日:東京地方裁判所立川支部部総括判事(刑事第2部)・東京家庭裁判所立川支部部総括判事[1][2][7]
- 2012年(平成24年)6月2日 - 2014年(平成26年)11月28日:横浜地方裁判所部総括判事(第5刑事部)[1][8]
- 2014年(平成26年)11月29日 - 2016年(平成28年)9月30日:長崎家庭裁判所長[1]
- 2016年(平成28年)10月1日:定年退官[1]
- 2017年(平成29年):神奈川県弁護士会に弁護士登録、弁護士法人おおどおり総合法律事務所に入所[3]。
- 2021年(令和3年)11月3日:秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章[9]。
主な担当訴訟
[編集]東京地裁部総括判事として
[編集]- 2006年(平成18年)4月17日、渋谷駅駅員銃撃事件で銃砲刀剣類所持等取締法違反・強盗殺人・強盗殺人未遂・建造物侵入・強盗未遂・現住建造物等放火未遂の罪に問われた被告人・熊谷徳久の判決公判で「被告人は不遇な環境で生育した一方、殺人の前科はなく、殺害された被害者の人数も1人にとどまっている。死刑には躊躇を感じざるを得ない」と説明し、検察官の死刑求刑に対して熊谷に無期懲役の判決を言い渡した[注 1][13]。仮出所については「慎重な運用がなされるべきだ」と補足した[13]。
- 2006年(平成18年)6月29日、社会保険庁職員国家公務員法違反事件で2003年(平成15年)の衆議院議員総選挙前に日本共産党の機関紙を配ったとして、国家公務員法(政治的行為の制限)違反の罪で在宅起訴された元厚生労働事務官に罰金10万円・執行猶予2年(求刑:罰金10万円)の有罪判決を言い渡した[14]。
横浜地裁部総括判事として
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 “裁判官検索:毛利晴光”. 新日本法規WEBサイト. 新日本法規出版株式会社. 2026年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- 1 2 3 4 “長崎家庭裁判所長”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2015年4月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “弁護士紹介”. おおどおり総合法律事務所. 2025年9月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ “長崎家庭裁判所長”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2014年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ “東京地方裁判所(刑事部)担当裁判官一覧”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2007年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ “東京地方裁判所八王子支部 担当裁判官一覧”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2009年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ “東京地方裁判所立川支部 担当裁判官一覧”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2012年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ “横浜地方裁判所担当裁判官一覧”. 裁判所ホームページ. 裁判所. 2012年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ 「秋の叙勲受章者」『毎日新聞』毎日新聞社、2021年11月3日。オリジナルの2025年8月26日時点におけるアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- ↑ 『読売新聞』2007年4月25日東京夕刊第一社会面15頁「料理店主射殺・駅員銃撃 1審破棄し死刑判決/東京高裁」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2011年3月2日東京朝刊第三社会面37頁「熊谷被告の上告棄却 死刑確定へ」(読売新聞東京本社)
- ↑ 法務大臣:谷垣禎一 (2013年9月12日). “法務大臣臨時記者会見の概要 平成25年9月12日(木)”. 法務省 公式ウェブサイト. 法務省. 2014年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年10月1日閲覧。
- 1 2 『読売新聞』2006年4月17日東京夕刊第一社会面15頁「中華料理店主強殺、渋谷駅員銃撃 熊谷被告に無期/東京地裁」(読売新聞東京本社)
- ↑ 「政党ビラ配布、元社保庁職員は無罪に 最高裁、上告棄却」『朝日新聞』朝日新聞社、2012年12月7日。オリジナルの2012年12月8日時点におけるアーカイブ。2026年5月11日閲覧。
- 1 2 「医療事故で麻酔医に無罪判決 横浜地裁、捜査態勢に苦言」『朝日新聞』朝日新聞社、2013年9月17日。オリジナルの2013年9月18日時点におけるアーカイブ。2026年5月11日閲覧。