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毒薬と老嬢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

毒薬と老嬢』(どくやくとろうじょう)は、ジョセフ・ケッセルリング英語版が1939年に発表した戯曲

概要

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「毒薬と老嬢」の原題は、「Arsenic and Old Lace」(ヒ素と古いレース)。砒素は毒薬を意味し、古いレースは主人公である老姉妹の古風な衣装を飾るレースを指している。ニューヨークのブルックリンにあるヴィクトリア朝風の瀟洒な屋敷の部屋を天涯孤独の老人達に下宿として開放し、いわば人助けとして砒素入り酒を振舞ってあの世へ送る上品な老姉妹をめぐるブラックコメディ [1]

初演は、リンゼイ・アンド・クラウス英語版製作、ブレテーヌ・ウィンダスト英語版演出で、 1941年1月10日にブロードウェイフルトン劇場英語版で開幕した。1943年9月25日にはハドソン劇場英語版に移り、1944年6月17日に閉幕するまで1,444回の公演を行った[2]マルセル・ヴァーネル英語版演出、ウェスト・エンド・シアターストランド劇場英語版(現ノヴェロ劇場)でも同様にロングラン公演となった[3]。1942年12月23日に開幕し、1946年3月2日に閉幕するまで、合計1,337回の公演を行った[4]

日本における初演は、1951年、東京・三越劇場にて、宝塚歌劇団退団後の轟夕起子らにより上演され [5] 、1987年からは、黒田絵美子の翻訳で劇団NLTが現在に続く多くの公演を行っている [6]。また、2022年には、松竹の製作で関西弁バージョンが上演された[7]

あらすじ

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モーティマー・ブリュースターは、ニューヨーク、ブルックリンに住む演劇評論家。彼の家族には、独身の叔母アビーとマーサ・ブリュースターがいる。2人は、自家製の毒入り酒で、老い先短い不幸な老人たちを安らかに眠らせることを秘かな楽しみにしている。次兄のテディは、自分がルーズベルト大統領だと信じ、ブリュースター家の地下室で"パナマ運河"を掘っている。そんな中、殺人鬼である長兄ジョナサンが、共犯者であるアルコール依存症の医師アインシュタインよる整形手術を受け、身元を隠すためにブリュースター家に帰ってきた。

モーティマーは、狂気じみた殺人鬼の家族や地元警察と対峙しながら、牧師の娘であるエレイン・ハーパーとの結婚の約束を果たすべきかどうか悩み、家族から狂気を一掃する方法を見つけようと孤軍奮闘する。

登場人物

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ジョナサン(ボリス・カーロフ)。ブロードウェイ版より。
  • エビイ(アビー):老姉妹の姉。
  • マーサ:同・妹。
  • モーティマー:老姉妹の3人いる甥のうちの末っ子。新聞記者。
  • テディ:老姉妹の甥。次男。老姉妹と同居している。自らをルーズベルト大統領だと思い込んでいる。
  • ジョナサン:老姉妹の甥。長男。殺人罪で指名手配されている。顔の整形手術により「フランケンシュタインの怪物」そっくりになってしまった。
  • アインシュタイン:ジョナサンと共に行動し指名手配されている外科医。ジョナサンの顔の整形手術は彼によるもの。
  • エレーン:モーティマーの恋人。
  • ハーパー:エレーンの父親。老姉妹の家の隣に建つ教会の牧師。
  • ギブス:老姉妹宅の部屋を借りに来る老人。
  • ブロフィー:警察官。
  • クライン:ブロフィーの同僚。
  • オハラ:ブロフィー達の同僚。趣味で本を執筆をしている。
  • ルーニー:刑事部長。
  • ウィザースプーン:養護施設の所長。

日本語訳書

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  • 『英和対訳モーション・ピクチュア・ライブラリーNo.17』 訳:折戸礼司 (ケーリー・グラント主演映画シナリオの翻訳 出版社:世界文庫 刊行年:1948年 表紙絵:野口久光)
  • 『毒薬と老嬢』 訳:黒田絵美子(出版社:新水社 刊行年:1987年 ISBN 491-5-16-5124

日本における主な上演

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解説

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本作の時代設定である1941年当時のアメリカ社会においては、ワスプ(WASPホワイトアングロサクソンプロテスタント)が社会的エリート層を形成していた。ブリュースター家は、メイフラワー号に乗ってイギリスから新大陸アメリカに渡ってきた人々の末裔、誇り高きワスプの家系として描かれている。60歳代後半とされているマーサとアビー姉妹は、ヴィクトリア朝(1837年 - 1901年、イギリス)時代の只中に生まれ、そのイギリス文化の影響が色濃く反映された青春時代を過ごしてきたことになる。ヴィクトリア朝は、産業革命による急激な社会変動の一方で、宗教、道徳による抑圧が強く、堅苦しい風俗習慣や善悪の観念がおしつけられるという矛盾をはらんだ社会であった [16]

甥のテディは、自分の幼いころ大統領だった、そして自分と同名のセオドア(テディ) ・ルーズベルトになりきっているが、劇中の現在において大統領を務めているのは、フランクリン・ルーズベルトであり、時代は第二次世界大戦のさなかである。本作のブラックコメディとしての特徴は、上品と保守性の典型である姉妹が、神への恐れもなく楽しげに重大犯罪を繰り返す点にある。劇作家の飯沢匡は、これについて「第二次大戦という世界史的な大量虐殺のあとだからこそ意味がある」と指摘している。チャールズ・チャップリンの『殺人狂時代』が正面から抗議を示したのに対し、ケッセルリングが「神への不信」を喜劇という形式を用いて「ずるく、さり気なく漫画のタッチで」表明したことを高く評価している[注 1]

また、作家・文芸評論家の花田清輝は、『毒薬と老嬢』について、「固定観念に憑かれている登場人物が、ドン・キホーテのように、外界と断絶しながら、ひたすらおのれの観念の指示するがままに、猪突猛進するところから奇怪きわまる局面がうまれる」と評し、そこに演劇の伝統であるファルス(笑劇、道化芝居)の精神が息づいていると述べている[注 2]

作中で「ぼけ酒」と訳されている自家製ワインは、原文では、エルダーベリーワインである。エルダーの和名はニワトコであり、西洋においては不死や回春の象徴とされる一方、イスカリオテのユダが首をつった木とされるなど、不吉なイメージも併せ持つ植物である。また、中世には魔女が変身する木と信じられていた。劇中の孤独な老人たちは、不死や回春を象徴するエルダーの酒を上品な老婦人からやさしく勧められ、抗えずグラスを手に取る。キリスト教において、死は復活への期待を秘めた旅立ちとされている [16]

脚注

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注釈

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  1. 北國文華(北國新聞社、復刊2号、1999-01、p198-208)「演劇 この吾を魅了したもの 第2回「毒薬と老嬢」にて演出家 荒川哲生が言及している『1974年劇団雲・三百人劇場 公演パンフレット』に劇作家の飯沢匡が寄稿した「センスのある喜劇」より
  2. 花田清輝(作家・文芸評論家)の著作『大衆のエネルギー』(大日本雄弁会講談社、1957年)収録の「ファルスはどこへ行ったか」より

出典

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  1. 演劇 この吾を魅了したもの 第2回(演出家 荒川哲生/北國文筆)”. 鏡花劇場. 鏡花劇場 (1998年). 2025年6月1日閲覧。
  2. 1692 - インターネット・ブロードウェイ・データベース(英語)
  3. Production of Arsenic and Old Lace | Theatricalia”. theatricalia.com. 2025年6月1日閲覧。
  4. 'Chit Chat', The Stage, 1946-02-14, p.4.
  5. エッセイ 私が選んだ100本 012.『毒薬と老嬢』作:ケッセルリング”. 演劇批評. 演劇評論家 中村義裕 (2017年6月26日). 2025年6月1日閲覧。
  6. 公演情報”. 劇団NLT. 劇団NLT. 2025年6月1日閲覧。
  7. “久本雅美、藤原紀香の初タッグ 関西弁ブラック・コメディ「毒薬と老嬢」”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2022年4月7日) 2025年6月1日閲覧。
  8. 毒薬と老嬢 上演情報”. JATDT舞台美術作品データベース. 一般社団法人 日本舞台美術家協会. 2025年6月1日閲覧。
  9. “[ https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195928 「毒薬と老嬢」 舞台装置図]”. 文化遺産オンライン. 文化庁. 2025年6月1日閲覧。
  10. “[ https://onceuponatimedarts.com/482/ 『毒薬と老嬢』 雲No.43]”. 現代演劇協会デジタルアーカイヴ. 財団法人現代演劇協会. 2025年6月1日閲覧。
  11. 公演情報”. 劇団NLT. 劇団NLT. 2025年6月1日閲覧。
  12. “[ https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/jutenshien/geijutsusai/jusho_ichiran.html  平成元年演劇部門 博品館劇場・劇団NLT「毒薬と老嬢」の成果]”. 文化庁芸術祭賞受賞一覧. 文化庁. 2025年6月1日閲覧。
  13. “[ http://enbu.co.jp/kangekiyoho/dokuyaku2022/ 観劇予報『毒薬と老嬢』久本雅美、藤原紀香 取材会レポート!]”. 演劇キック. (株)えんぶ (2022年2月22日). 2025年6月1日閲覧。
  14. “舞台「毒薬と老嬢」が開幕! 演出の錦織一清は久本雅美、大湖せしるの老嬢姉妹に「大湖さんの宝塚のエレガントさと久本さんとのコントラストがダイナミック」”. サンスポ (産経新聞社). (2025年3月28日) 2025年6月1日閲覧。
  15. 久本雅美、大湖せしるらが登壇、舞台『毒薬と老嬢』取材会が開催 コメントが到着”. SPICE. 株式会社イープラス (2025年2月5日). 2025年6月1日閲覧。
  16. 1 2 宮村, 一幸 (1996-11-20). “戯曲『毒薬と老嬢』における殺人者たち”. 大阪芸術大学紀要『藝術』 (大阪芸術大学 藝術研究所) (19): 171-178 2025年6月29日閲覧。.

関連項目

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