武士沢友治

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武士沢友治
Tomoharu-Bushizawa20110410.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 青森県三戸町
生年月日 (1978-02-09) 1978年2月9日(40歳)
身長 164cm
体重 50kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦・中野渡清一(1997.3.1 - 2010.10.20)
美浦・フリー(2010.10.21 -)
初免許年 1997年
免許区分 平地・障害[1]
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武士沢 友治(ぶしざわ ともはる、1978年2月9日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンター所属の騎手。愛称は「ブッシー」。戸籍上での表記は武士澤である。

経歴[編集]

中学時代に騎手に憧れを抱くも、卒業後は競馬学校には入らず[2]、いったん青森県立三本木農業高等学校に入学し馬術部に所属。高校進学の経緯について武士沢は近辺には牧場がなく「馬に乗ったこともなかったので、馬術競技が盛んな同校にて、馬に慣れようとした」と語っている。

その後、高校を1年で中途退学。競馬学校騎手課程を経て、1997年中野渡清一厩舎所属騎手としてデビュー。以後2010年10月の厩舎解散まで、同厩舎に所属し続けた。競馬学校では13期生で、同期には美浦には勝浦正樹村田一誠板倉真由子栗東には秋山真一郎武幸四郎松田大作らがいる。

1997年3月8日の中山3Rでグリーンジョージに騎乗し初勝利。デビュー初年度から2年目までは障害レースにも騎乗し、重賞初騎乗は同年の東京障害特別(秋)だった(障害は通算33戦未勝利)。

毎年10勝以上とコンスタントに勝利を重ね、2002年のNHKマイルカップでGI初騎乗。2003年6月28日の函館11Rをカツヨスパイラルで制しJRA通算100勝を達成。

2006年11月5日、アルゼンチン共和国杯トウショウナイトに騎乗しデビュー10年目で重賞初勝利。トウショウナイトとはキャリア38戦中34戦でコンビを組み6勝を挙げたが、2008年4月30日に調教中に右前脚を骨折し予後不良となった。のちに「あの事故は僕にとって転機でした。馬に対する考え方を180度変えてもらいました。またナイトのような馬に巡りあいたいですね」と語っている[3]

2008年8月31日、新潟記念を16番人気アルコセニョーラで制し重賞2勝目。2着に2番人気のマイネルキッツ、3着に14番人気のトウショウシロッコが入線し、三連単は100万円を超える大波乱となった。元々この日は札幌で騎乗する予定だったが、お手馬のダイワマックワンがキーンランドカップで除外対象となり、アルコセニョーラ陣営から依頼が舞い込んでの騎乗だった。「一瞬の脚を生かす競馬が合うと思ったので直線残り400まで我慢したら、思った通りの脚を使ってくれました」と語っている[4]

2008年にはベンチャーナインでクラシック三冠レースに騎乗した(皐月賞13着、ダービー9着、菊花賞6着)。

2008年10月30日にOLの女性と約7年間の交際を経て結婚した[5]

2011年10月16日の東京では10鞍に騎乗し、5Rで2番人気リーサムダイチ、8Rで8番人気スギノブレイド、10Rで3番人気ツルマルネオ、12Rで11番人気マイネルエルドラドで勝利し、1日4勝の固め打ちをした(他に3着2回)[6]

2013年6月に故郷・三戸町の町役場を訪れ、スポーツ振興のために町に100万円を寄付した[7]。2013年には自身最多の24勝を挙げた。

2016年11月13日、福島記念を7番人気マルターズアポジーで逃げ切って制し重賞3勝目。

2017年2月19日、小倉大賞典を4番人気マルターズアポジーで逃げ切って制し重賞4勝目。これがJRA通算299勝目だった。

それから約5ヶ月勝てず148連敗した後、7月15日の福島10Rを8番人気デルマサリーチャンで制しJRA通算300勝を達成[8]。同じ日に福永祐一が2000勝を達成したため、「翌日の新聞では福永さんの記事が紙面の半分くらいを占めていて、俺はその20分の1くらいで、探しちゃいましたよ」と語っている[9]

2017年8月13日、関屋記念を7番人気マルターズアポジーで逃げ切って制し重賞5勝目。ゴールの瞬間、珍しくガッツポーズを見せた[10]。2017年はデビュー以来最も少ない4勝に終わったが、そのうち2勝が重賞での勝利だった。

エピソード[編集]

  • ガンダム好きで知られ、調教ベストの胸の部分にジオン軍のエンブレムを入れている[11]。騎手仲間の金子光希と「ガンダ部」を結成していたこともあり[12]、「オールドタイプ最強は誰だと思いますか?」という質問には「それはもう、サウス・バニング」と答えている[13]

おもな騎乗馬[編集]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順

初騎乗 1997年3月1日 2回中山3日8R 5歳上500万下 カオリクイン 16頭 9 13着
初勝利 1997年3月8日 2回中山5日3R 4歳未勝利 グリーンジョージ 16頭 1 1着
重賞初騎乗 1998年4月26日 2回東京2日11R NZT4歳S ベガスカラノテガミ 18頭 15 15着
重賞初勝利 2006年11月5日 5回東京2日11R アルゼンチン共和国杯 トウショウナイト 14頭 1 1着
GI初騎乗 2002年5月4日 3回東京6日11R NHKマイルカップ マヤノサリーダ 18頭 17 15着

初騎乗 1997年3月23日 3回中山2日5R 障害4歳上400万下 オンワードプリモ 10頭 10 9着
重賞初騎乗 1997年10月18日 4回東京5日9R 東京障害特別(秋) スピードドルフィン 9頭 9 8着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
1997年 8 6 11 248 .032 .056 .101
1998年 16 30 33 449 .036 .102 .176
1999年 17 17 23 426 .040 .080 .134
2000年 19 19 32 347 .055 .110 .202
2002年 19 31 29 436 .044 .115 .181
2003年 18 24 39 423 .043 .099 .191
2004年 14 10 12 309 .045 .078 .117
2005年 12 14 15 377 .032 .069 .109
2006年 17 16 18 377 .045 .088 .135
2007年 19 27 30 566 .034 .081 .134
2008年 11 15 18 500 .022 .052 .088
2009年 16 27 21 568 .028 .076 .113
2010年 9 12 15 509 .018 .041 .071
2011年 20 22 23 596 .034 .070 .109
2012年 12 19 33 653 .018 .047 .098
2013年 24 20 26 655 .037 .067 .107
2014年 9 28 32 560 .016 .066 .123
平地 274 351 434 8387 .032 .075 .126
障害 0 3 0 33 .000 .091 .091
地方 14 13 20 239 .059 .113 .197

脚注[編集]

関連項目[編集]