正隨優弥

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正隨 優弥
広島東洋カープ #49
Shozui49.jpg
2019年3月12日 マツダスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県広島市南区[1]
生年月日 (1996-04-02) 1996年4月2日(24歳)
身長
体重
180 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2018年 ドラフト6位
年俸 700万円(2020年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

正隨 優弥(しょうずい ゆうや、1996年4月2日 - )は、広島東洋カープに所属する広島県広島市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。 「隨」が旧字体であるため、「正随 優弥」の表記も見られる。

来歴[編集]

マツダスタジアムから徒歩圏内の出身[1][3]。比治山小1年から野球を始め、段原中学時代は、中学の軟式野球部に所属せず、広島鯉城シニアで投手兼外野手[4]。中学では張本勲高津臣吾らの後輩に、鯉城シニア・大阪桐蔭高校では中田翔の後輩にあたる。大阪桐蔭高では3年夏の甲子園に4番・一塁で出場し、全国制覇に貢献[4]。野球部の同期には香月一也、1学年後輩には青柳昴樹がいる。

その後進学した亜細亜大では1年春から東都リーグ戦に出場し通算87試合で68安打、9本塁打、34打点。3年秋に外野手でベストナインに選ばれる[4]

2018年10月25日のドラフト会議では広島東洋カープに6位指名を受け[5]、11月10日に東京都内のホテルで契約金4000万円、年俸700万で仮契約を結んだ[4]
大阪桐蔭高出身の選手が広島東洋カープへ入団したのは初であり、この年のドラフト会議で大阪桐蔭高出身の高卒選手4人の指名が話題になった中、同校出身者で「5人目の指名」となった[6]

選手としての特徴・人物[編集]

右の長距離砲として大阪桐蔭高校、亜細亜大学で主軸を務めた。大学の先輩でもある松本有史スカウトからは、「最近右打者の長距離打者がなかなかいない。新井さんが辞められたので、穴を埋められるような右打者になってもらいたい」と期待をかける[5]

目標の選手は新井貴浩。同じ広島県出身、東都大学リーグ加盟校からのドラフト6位、右の長距離砲と共通点も多い[4]。本人も「テレビでとにかく練習をする風景をよく見ていた。自分も練習するのが取りえの一つ。見習って、力がない分練習してはいあがっていけるようにしたい」と話す[5]

祖父は元広島の三原卓三。常に言われていた言葉は「とにかく遠くに飛ばせ」[5]。指名後は「活躍するまで死ねん」と言われており[5]、ドラフト指名後には祖父から球団宛てに直筆の手紙が送られてきたという[4]

珍しい「正隨」は全国で約10世帯、広島県のみで見られるレア名字[5][7]。ルーツは定かではなく、吉兆を意味する「祥瑞」という言葉が原型とも言われる[7]。正隨は「名字を読まれないので覚えてもらいたい」と活躍を誓っている[5]

詳細情報[編集]

背番号[編集]

  • 49(2019年 - )

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 【広島】ドラ6正随が“ピラニア男”襲名”. スポーツ報知 (2019年1月17日). 2019年2月3日閲覧。
  2. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2020年1月29日閲覧。
  3. ^ 【広島土砂災害】 「早く練習したい」被災地の安佐南区の野球チームの中学生が甲子園観戦…大阪桐蔭・正随選手の後輩が声援”. 産経スポーツ (2014年8月24日). 2019年2月3日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 広島ドラ6正随が仮契約 右の長距離砲 目標は「新井さん」”. スポーツニッポン (2018年11月15日). 2019年2月3日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g 広島ドラ6正随、プロで成り上がる 大先輩・新井さんお手本に”. デイリースポーツ (2018年11月11日). 2019年2月3日閲覧。
  6. ^ 亜大・正随は広島6位、大阪桐蔭の後輩たちに負けん”. 日刊スポーツ (2018年10月26日). 2019年2月3日閲覧。
  7. ^ a b 広島ドラ6正随、140メートル“新井さん弾” 東出コーチ「飛距離同じくらい」”. スポーツニッポン (2018年2月3日). 2019年2月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]