正福寺 (川崎市宮前区)

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正福寺
正福寺正面.JPG川崎市宮前区にある正福寺の正面写真。
所在地 〒216-0005 神奈川県 川崎市宮前区土橋6-2-8
位置 北緯35度35分18秒
東経139度34分21秒
座標: 北緯35度35分18秒 東経139度34分21秒
山号 医王山
院号 法徳院
宗旨 天台宗
本尊 薬師如来立像[1]
創建年 不明[1]
開山 了廊[1]
中興 衆祐[2]
正式名 医王山法徳院正福寺[3]
札所等 多摩七薬師[4]
地図
正福寺 (川崎市宮前区)の位置(神奈川県内)
正福寺 (川崎市宮前区)
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正福寺(しょうふくじ)は神奈川県川崎市にある天台宗寺院。詳名は医王山法徳院正福寺(医王山正福寺法徳院)[3]。多摩七薬師の一つである[4]

歴史[編集]

創建は江戸時代中期と伝わるが詳細は不明[1][3]。 開山は阿闍梨了廓と伝わり、中興の僧は1752年 (宝暦2年)に亡くなったと伝わる[2]。 創建時は第六天社と共に土橋太田と言う小字にあった[5]天保年間(1830年1844年)に、第六天社と共に焼失し、現在地に再建された[5][6]

境内[編集]

  • 馬頭観音 - 1827年文政10年)建立の刻像塔[7]
  • 馬頭観音 - 1841年天保12年)建立の文字塔[7]。道標を兼ね、南大山道、東二子道、北登戸道、西王禅寺道と刻まれている[3]
  • 馬頭観音 - 1855年安政2年)建立の刻像塔[7]
  • 庚申搭 - 1747年延享4年)建立の青面金剛刻像塔[8]
  • 地神搭 - 1872年(明治5年)建立の文字塔[9]
  • 六地蔵 - 1972年(昭和47年)建立の「延命地蔵尊」[10]ほか。
  • 巡拝塔 - 1869年(明治2年)建立[11]
  • 句碑 - 1974年(昭和49年)建立の内野琴月句碑[12]
  • 無縫塔 - 1797年寛政9年)建立。「権律師法印宗珠霊位」[13]
  • 石庭

文化財[編集]

  • 薬師如来立像 - 本尊。作年不詳の一木造り[6]
  • 日光月光菩薩立像 - 本尊脇侍。江戸時代作の寄せ木造り[6]
  • 阿弥陀如来像 - 木造、台座に1695年元禄8年)の墨書銘[6]

年中行事[編集]

[1]

交通アクセス[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 川崎市宮前区区民懇話会 第7期文化教育分科会 『もっと知ろうよ宮前区ー神社・お寺の歴史をたずねてー』、1997年、16頁。
  2. ^ a b 川崎市 『川崎市制80周年記念川崎地名辞典(下)』、2004年、37頁。
  3. ^ a b c d 宮前区役所まちづくり推進部地域振興課 『宮前区歴史ガイドまち歩き』、2012年、1頁。
  4. ^ a b 塚田芳雄 『江戸・東京札所事典』 下町タイムス社、1989年、194頁。
  5. ^ a b 小倉 勇 『宮前の今昔』、1992年、32頁。
  6. ^ a b c d 前川 清治 『かわさき地名散歩』 多摩川新聞社、1998年、230-231頁。ISBN 4-924882-27-5
  7. ^ a b c 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、6-7頁。
  8. ^ 『川崎の庚申塔-博物館資料調査 昭和60年度-』 川崎市博物館資料調査団、1986年、103頁。
  9. ^ 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、53頁。
  10. ^ 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、17-18頁。
  11. ^ 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、63頁。
  12. ^ 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、96頁。
  13. ^ 川崎市教育委員会文化課/編集 『川崎市石造物調査報告書 資料編 昭和54年度』 川崎市博物館資料調査団、1980年、108頁。