櫻田山神社

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山神社
Sakurada san shrine.jpg
所在地 宮城県栗原市栗駒桜田山神下106
位置 北緯38度47分44秒
東経140度59分8秒
座標: 北緯38度47分44秒 東経140度59分8秒
主祭神 武烈天皇(小長谷若雀命)
応神天皇(誉田別命)
社格 村社
創建 伝・6世紀初頭
本殿の様式 流造
別名 櫻田山神社
例祭 4月第2日曜日
地図
山神社の位置(宮城県内)
山神社
山神社
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櫻田山神社(さくらださんじんじゃ)は、宮城県栗原市栗駒桜田にある神社。正式名称は山神社(さんじんじゃ)であるが、地区名の桜田を冠した「櫻田山神社」で一般に呼ばれる。約1500年前に創建されたとされ[1]、県内でも有数の歴史を持つ。社格は村社。

お笑いタレントである狩野英孝の実家としても知られており、彼の持ちネタである「ラーメン、つけメン、僕イケメン」に因み「イケメン神社」とも呼ばれる[2][3][4][5]

歴史[編集]

仙台藩編纂の封内風土記によれば武烈天皇崩御後の6世紀初頭(古墳時代後期)、同天皇側近であった鹿野掃部之祐が、現在の東北地方陸奥国設置前)へ左遷された際に当地に創建したとされる[6]。当社は、北上川水系江合川上流の二迫川南岸、栗駒山から南東に延びる台地上にあり、「山神社」と呼ばれた。

1879年明治12年)6月村社に列せられた。1885年(明治18年)10月30日に発生した火事により本殿を焼失[7]1908年(明治41年)12月、当社の東の桜田中屋敷にある八幡神社を合祀した[6]1925年大正14年)に本殿を再建[7]1926年(大正15年)に神饌幣帛料供進指定神社となった。

2008年平成20年)頃からお笑いタレントである狩野英孝実家として知られ、参拝客が県内外から訪れる観光地となっていた[1]。同年6月14日岩手・宮城内陸地震が発生し、境内の石灯篭や、約6mの本鳥居が崩壊、社殿社務所なども被害を受けた。本鳥居は約300年前に建立され[8]1978年昭和53年)6月12日に発生した宮城県沖地震でも被害を受けなかったが、今回の地震では震源地に近かったこともあり崩壊したと見られる。被害総額は300万円ほどで、150万円は氏子寄進、残りの150万円は修繕積立金から捻出して再建を果たした[2]。英孝の父親である勉(第38代宮司[5]が「ファンからの賽銭の増加も再建に役立った」とテレビなどで語っていた。2009年(平成21年)の正月三が日初詣客数は約3000人で例年の10倍だった[1]。同年春の例大祭では、市内被災地および当社の復興支援に感謝して、狩野英孝が無料ライブを行い[1][5]、ファンら4000人が集まった[9]

2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)では、当社の被害は石灯篭が3基倒れた程度だったが、震災を機に英孝が芸能活動と並行して当社の跡継ぎとなることを3月21日に表明した[4][8]4月7日に発生した最大震度6強の余震により、岩手・宮城内陸地震によって倒壊し2009年(平成21年)1月に再建したばかりの本鳥居に亀裂が入る被害を受けた[8]2012年(平成24年)9月7日、第38代宮司が心筋梗塞によって死去したと報じられた[5]。息子の英孝は2014年(平成26年)夏に神職の資格を取得し[10]、東京で放送作家として働く弟の孝彦と共に当社を継いだ[5]

2016年(平成28年)8月31日台風10号によって境内のカラマツ(高さ約25m、幹周り約4m)が倒れ、藩政時代建造とみられる拝殿(栗原市指定文化財)の屋根を大破していたことが確認された[11]

神徳・例祭[編集]

安産、子育ての神をまつる神社として知られ、毎年4月第2日曜日に例大祭を開催している。かわいらしい柄の小さな「枕」があり、出産の時に妊婦が握るもので、例大祭で配られるという。

文化財[編集]

栗原郡栗駒町が周辺の町と合併して栗原市となったため、町時代に指定された文化財は市により再指定されている。

その他[編集]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]