櫛渕町

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日本 > 徳島県 > 小松島市 > 櫛渕町
櫛渕町
町内の工場
町内の工場
櫛渕町の範囲
櫛渕町の範囲
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 徳島県
市町村 小松島市
人口
2016年(平成28年)2月末現在 小松島市の調査より)
 • 合計 864人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
773-0018

櫛渕町(くしぶちちょう)は、徳島県小松島市町名2016年2月末現在の人口は 864人、世帯数は338世帯[1]。「櫛淵町」と表記されることもある[2]郵便番号は〒773-0018。

地理[編集]

小松島市の南部に位置する。東は立江町、南は向山山地を境として阿南市羽ノ浦町に、西は丘陵を境に勝浦郡勝浦町、北は田野山地を境として田野町に接する。

三方を丘陵に囲まれたくさび型の平地が東部に向かって展開している。隆起沈降によりおぼれ谷状にできた入江が櫛目状に連なり、櫛目形の谷が山麓を東西に走る。徳島県道28号阿南小松島線に沿って農村集落が発達している。

中央部の平地は深い湿田となり、米作が卓越し、段丘面上や段丘崖では、タケノコヤマモモの特産地を形成している。櫛渕城址は櫛渕五山の第2山にあって、城主は秋元和泉守盛貞である。八幡神社にあるフウは県指定天然記念物となっている。

河川[編集]

小字[編集]

  • 油免
  • 植松
  • 内開
  • 大郷領
  • 太田
  • 大谷
  • 大谷奥
  • 奥条
  • 萱原
  • 数延
  • 北佃
  • 木原
  • 久ケ谷
  • 喰味谷
  • 小那智
  • 小松
  • 左近田
  • 佐山
  • 新作
  • 諏訪
  • 瑞雲
  • 関免
  • 外開
  • 中田
  • 二反田
  • 東谷
  • 久友
  • 藤ケ崎
  • 間町
  • 宮ノ内
  • 山口
  • 湯谷

歴史[編集]

櫛渕村[編集]

櫛渕村は、江戸期から町村制の施行された1889年明治22年)にかけて那西郡および那賀郡に存在した村。「櫛淵村」とも表記される[3]幕末期には当村豪農層から国学者を輩出し、なかでも伊勢家6代・茂興は、茶人大系譜・非葛花(天保11年)の著作を残している。

この地には江戸後期から明治初年の間にあった寺子屋は4校で[4]、特に樋口健三の家塾は幕末・維新期の農村教育に先駆的な足跡を残した。

明治4年に徳島県、同年に名東県、明治9年に高知県を経て明治13年に再び徳島県に所属。

櫛渕[編集]

櫛渕は明治22年から昭和32年にかけて存在した大字名。「櫛淵」とも表記される[5]。はじめ立江村、明治40年に立江町、昭和26年4月に小松島町、同年6月からは小松島市の大字となる。

櫛渕町[編集]

昭和32年より現在の櫛渕町となる。地内には缶詰工場が設立されているが、住民は農業以外の産業に就職したり、臨海工業地帯や徳島市内の事業所に通勤する者が次第に増加した。

出身者[編集]

  • 喜田貞吉(旧阿波国那賀郡櫛淵村出身) - 歴史学者
  • 樋口杏斎(旧阿波国那賀郡櫛淵村出身) - 教育者

施設[編集]

  • 櫛渕公民館
  • 小松島市立櫛渕小学校
  • 櫛渕幼稚園 - 平成20年度より休園中。
  • 櫛渕教育集会所
  • 東谷集会所
  • 大谷集会場
  • 法泉寺 - 曹洞宗の仏教寺院。
  • 秋葉神社
  • 上天満神社
  • 天満神社
  • 若宮神社
  • 賀勢山神社
  • 櫛渕八幡神社

交通[編集]

道路[編集]

都道府県道

路線バス[編集]

徳島駅前行と小松島市役所行があり、萱原は北方からの便の終点である。

町内の停留所[編集]

  • 櫛渕東
  • 櫛渕農協前
  • 湯谷
  • 櫛渕八幡社前
  • 法泉寺前
  • 萱原(かいばら)

脚注[編集]

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  1. ^ 小松島市 市の人口(平成28年2月末)
  2. ^ 角川日本地名大辞典 36 徳島県
  3. ^ 角川日本地名大辞典 36 徳島県
  4. ^ 小松島市史
  5. ^ 角川日本地名大辞典 36 徳島県
  6. ^ 路線バス情報(小松島市) H27.4.1~ - 徳島発の高速バス 貸切バスは ...

参考文献[編集]

外部リンク[編集]