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橋本一明

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橋本 一明(はしもと いちめい、1927年昭和2年〉1月1日[1][2] - 1969年〈昭和44年〉1月29日[1][2])は、日本のフランス文学者翻訳家國學院大學教授。

生涯

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群馬県碓氷郡[1]原市町(現・安中市)に生まれる[3]。旧制群馬県立高崎中学校[3]、旧制第一高等学校を経て[2]東京大学文学部仏文科を卒業[3]。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した[3][2]1965年昭和40年)國學院大学教授[1]

42歳で肺癌により死去した[4]。墓所は高崎市八幡霊園[4]

エピソード

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小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。

「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一佐藤謙三)でした。この三人に、安東次男さんと中野孝次永川玲二とを加へれば、わたしのあのころの、学校教師としての生活が全部出て来る。」[5]「橋本の本(注・『純粋精神の系譜 橋本一明評論集』)の内容については、ぼくに語る資格があるかどうかすこぶる疑はしい。若いうちに癌で死んだことへの同情が評価を甘くする恐れがあるし、一方、あれだけ立派な男なのにこの程度の仕事しかなかつたのかといふ気持が逆に作用して、評価を不当にきびしくする危険もありさうだ。つまり、ぼくの眼は二年後の今もまだ泪に曇つてゐるやうな気がする。」[6]

著書

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翻訳

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参考文献

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  • 『日本人名大事典』

脚注

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  1. ^ a b c d 20世紀日本人名事典『橋本一明』 - コトバンク
  2. ^ a b c d デジタル版 日本人名大辞典+Plus『橋本一明』 - コトバンク
  3. ^ a b c d 『群馬県人名大事典』上毛新聞社、1982年11月1日、414頁。doi:10.11501/12189010 (要無料登録要登録)
  4. ^ a b 萩原進『群馬の墓めぐり』 市部篇、みやま文庫、1980年3月30日、49頁。doi:10.11501/12254383 (要無料登録要登録)
  5. ^ 丸谷才一『低空飛行』新潮文庫、149頁。
  6. ^ 丸谷才一『低空飛行』新潮文庫、171頁。