樹崎聖

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樹崎 聖(きさき たかし、1965年2月1日 - )は、日本漫画家兵庫県西宮市出身。大阪芸術大学デザイン科卒業。2012年より有志の漫画家による漫画業界活性化を謳う漫画元気発動計画を主催。代表となり、その次世代に向けた電子書籍Domixでは編集長を兼務。

経歴[編集]

1987年、『ff(フォルテシモ)』が『週刊少年ジャンプ』(集英社)の4月期第26回ホップ☆ステップ賞に全項目満点で入選を受賞し、『週刊少年ジャンプ』本誌でデビュー。

ハードラック』『とびっきり!』を『週刊少年ジャンプ』で連載。 その後もジャンプ増刊に多くの読み切りを掲載し2冊の読み切り短編集としても出版、増刊での連載となった『TACHYON FINK』(単行本1巻)、少年ジャンプ史上最長の読みきりとなった[要出典]『風と踊れ-バロン西物語-』も掲載されたが、3度目の連載はなかった。

1996年、青年誌に移り、『スーパージャンプ』で連載した『交通事故鑑定人 環倫一郎』が7年にわたるスマッシュヒット。 その連載終了後にはハリウッドでの実写ドラマ化の話もあり、主演や契約内容も合意に達し、あとは契約書にサインをすればというところまでいったが実現しなかった事を原作者の梶研吾と共にネット配信のトーク番組『漫画元気発動計画』第0回で2011年に語っている。

2005年、一時期30歳以上の作家は新規に使わないという方針のあった『少年ジャンプ』に対し、編集長茨木政彦に直談判し「『ジャンプ』は面白ければ何でもあり」の言葉を引き出し、『週刊少年ジャンプ』に読切『FALLEN』が掲載された。その後の掲載はなかったが、一度『ジャンプ』を離れた漫画家が出戻りするのは新人至上主義と専属契約制度を持つ『ジャンプ』では稀有な例であり、『ジャンプ』を離れて他誌に移籍した漫画家たちが再び『ジャンプ』誌に凱旋することができる事実を証明することとなり、島袋光年の『トリコ』でのジャンプ復帰にもつながった。[要出典] 「『ジャンプ』は面白ければ何でもあり」の言葉は後に『バクマン』で佐々木尚編集長の言葉として引用されている。

その後『ジャンプ』で連載浪人にする傍ら『東京デザイナー学院』にて非常勤講師を2年間務める。[要出典] 2009年月刊アフタヌーン』(講談社)に長編読み切りシリーズ『ZOMBIEMEN』を岡エリと共同執筆。

2009年、講師経験を活かし執筆された『10年メシが食える漫画入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン』がクチコミから『amazon』『楽天』の新書部門で長期1位になるなどロングセラーとなり、その続編となる『10年大盛りメシが食える漫画家入門』も2011年にアース・スターエンターティメントから発行された。

2010年12月6日の株式会社Jコミ設立準備記者会見において、Jコミβ2テスト公開作品として、交通事故鑑定人 環倫一郎コミックス全18巻のPDFファイル形式での無料配布を発表、2011年1月25日から無料配布され、1ヶ月で37万ダウンロードを記録、後に150万ビューを突破した。

2011年には交通事故鑑定人 環倫一郎が実写3Dドラマ化された。

活動家としての一面もあり、東京都青少年健全育成条例問題の反対運動にも参加、ホームページに発表された抗議文[1]は『Twitter』により拡散されたことから共感を集め、『なかのZERO 大ホール』での最大集会では漫画家の本質、本性から創作の自由の必要性を壇上から訴えた。[2]

年2回、150人近い漫画家と編集者の集まる『漫画家出版関係者オフ会』の主催者をライターの山崎龍と共に務め、漫画家同士、漫画家と編集者の親交を深めることにも貢献、その繫がりからWEB漫画における漫画の可能性を探るプロ漫画家による漫画家任意団体漫画元気発動計画を結成、代表となる。2015年までに37本のモーションコミックの制作の指揮をとり、多くの作品で監督を務め、ニコ生番組MANGA姉っくす!ネットラジオ漫画元気発動計画!では多くの漫画家をゲストに招聘し、自らもMCを務めた。

2012年、漫画家育成を目的とするNPO法人トキワ荘プロジェクトによる『マンガで食えない人の壁』に自身の漫画道を語ったロングインタビューを載せるなど、後進の育成にも積極的で全国各地の専門学校、他で漫画の技術や、漫画界の問題点について頻繁に講演を行っている。 また自動車や自転車(MTB)の雑誌や本でイラストレーターとしても活躍している。 2015年マンガの海外進出にも積極的でアメリカ、カンザス州のNaka-konでは4講演と原画展、モーションコミックDomixの招待上映も果たした。[3]

2016年漫画演出指南本『カタルシスプラン』、リニューアルとなる『10年メシが食える漫画家入門R』が同時刊行も、発売日から半月近く書店やネット販売にも出回らない事態となったが、その後両本ともAmazonのコミック・アニメ研究本、デッサン部門でそれぞれベストセラー1位となった。

克・亜樹の大学での後輩にあたり、在学中にはアシスタントを務めた事もある[要出典]

略歴[編集]

  • 1987年、『週刊少年ジャンプ』の月例新人賞で入選受賞作となった『ff(フォルテシモ)』でデビュー。同年、『週刊少年ジャンプ』で『ハードラック』を連載( - 1988年)。
  • 1989年、『週刊少年ジャンプ』で『とびっきり!』の連載を開始( - 1990年)。
  • 1993年、『少年ジャンプ増刊』で『タキオン・フィンク』の連載を開始。
  • 1994年、『週刊少年ジャンプ』に『週刊ジャンプ』史上最長となる一気掲載読切『風と踊れ!』が掲載。
  • 1996年、『スーパージャンプ』で『交通事故鑑定人 環倫一郎』(原作・梶研吾)の連載を開始( - 2001年)。
  • 2002年、『交通事故鑑定人 環倫一郎』の続編『R2』の連載を開始( - 2003年)。
  • 2005年、『週刊少年ジャンプ』に『FALLEN』が掲載。
  • 2006年、東京デザイナー学院マンガ科で講師を務める( - 2008年)。
  • 2008年、『Ohスーパージャンプ』に『PEDAL』を掲載。
  • 2008年、『月刊アフタヌーン』に長編読み切りシリーズ『ZOMBIEMEN』を岡エリと共同執筆開始。不定期連載。
  • 2009年、『アフタヌーン新書』より『10年メシが食える漫画家入門』を発行。
  • 2011年、Jコミのβ2テスト配信に『交通事故鑑定人環倫一郎』で参加。
  • 2011年、『アース・スターエンターテイメント』より『10年大盛りメシが食える漫画家入門』を発行。
  • 2011年、ネット配信のトーク番組『漫画元気発動計画』のβテスト第0回に梶研吾と共にゲスト出演。後に番組の黒幕であることを発表。
  • 2013年、漫画元気発動計画のネット番組「鈴木茉美守屋ユウの漫元姉っくす!」を制作、準レギュラー出演。
  • 2013年、漫画元気発動計画のDomix作品の多数で、監督演出を務める。
  • 2013年、漫画元気発動計画のDomix作品「覇王の船」では監督だけでなく音楽も制作した。
  • 2013年、ネット番組「漫元姉っくす!」が拡大リニューアルして「MANGA姉っくす!」となり番組制作プロデューサー就任。MCとしてもレギュラーに。
  • 2014年、漫画空間二号店となる高円寺店の出店に協力。店長推薦、ネットの宣伝番組制作を務める。
  • 2014年、漫画元気発動計画のDomix作品「ZOMBIEMENエカテリナ」においてボイストランスフォーマーを用い、全役の声優を務める。
  • 2015年、アメリカ・カンザスシティのアニメコンベンションNaka-konにて4講演、及び原画展、モーションコミック上映を行う。
  • 2015年、トキワ荘プロジェクトにその名を冠したアパート「樹崎荘」が誕生。漫画家志望者限定の住居者のメンターに着任。
  • 2016年、『カタルシスプラン』『10年メシが食える漫画家入門R』二冊の漫画指南本同時刊行。
  • 2016年、『10年大盛りメシが食える漫画家入門ふりかけ付き』刊行。

作品リスト[編集]

  • ff〜フォルテシモ
  • Kazz
  • HARD LUCKハードラック
  • TEENAGE BOMB!
  • とびっきり!
  • 疾風‐はやて
  • ガンバロォ!
  • ガンバロォ!高校編
  • TACHYON FINK
  • 風と踊れ!
  • The Autificial Angel
  • 交通事故鑑定人 環倫一郎
  • EUNOS
  • 地平は空へ落ちている
  • NO GRAVITY ノーグラッ!
  • R2 -TRAFFIC ACCIDENTS FILE-
  • FALLEN フォールン
  • ROADSTAR
  • ZOMBIEMEN ゾンビメン
  • 10年メシが食える漫画家入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン
  • 10年恋せる車選び入門~ABCなら俺に訊け~
  • 廃線敗戦記 北海道の廃線跡をめぐる旅
  • 10年大盛りメシが食える漫画家入門
  • ZOMBIEMEN ゾンビメン エカテリナ

師匠[編集]

萩原一至宮下あきらにわのまことのアシスタントも短期経験。

アシスタント[編集]

短期(助っ人)

脚注[編集]

外部リンク[編集]