横浜港バラバラ殺人事件

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横浜港バラバラ殺人事件(よこはまこうバラバラさつじんじけん)とは、2009年6月に神奈川県横浜市金沢区で発覚した殺人事件。前年から始まった裁判員裁判で初めて死刑判決が言い渡されたと同時に、裁判員裁判で初めての死刑確定となった(控訴も取り下げたため裁判員裁判だけの審理で死刑が確定した最初の事例にもなった)。

事件の概要[編集]

犯行グループはベトナムなどから覚醒剤密輸を行っていた。

2009年6月18日から19日にかけて、前述の犯行グループのIとその共犯は、歌舞伎町麻雀店経営者の男性ら2人を千葉県船橋市内のホテルに呼び出して監禁。

Iは「家族に電話させてほしい」「殺さないでくださいせめて殺してから切ってください」と懇願する経営者の首を、「動いちゃ駄目だろ、切れないじゃないか」と生きたまま電動のこぎりで切断し殺害し、共犯に「人形みたいでしょ」と語ったという。会社員の男性は刺殺された後に遺体は解体され、横浜港山梨県の山中に遺棄された。

その後、Iを含む犯行グループ8人は覚せい剤取締法違反などで逮捕され、共犯は同容疑で全国に指名手配された。

2009年10月15日、Iは前述の事件で死体遺棄容疑で再逮捕された[1]。またIは被害者の2人を殺害し、うち1人から1300万円を奪ったとして、2009年11月11日に強盗殺人容疑で再逮捕された[2]

2009年12月15日神奈川県警は国外に逃亡している共犯を国際刑事警察機構を通じ国際指名手配した。

2010年10月14日横浜地裁(朝山芳史裁判官)は、覚醒剤密輸について有罪とした部分判決を下した[3]。これは裁判員制度の裁判員の負担を減らすために区分審理を採用したため[3]である。

2010年11月1日強盗殺人・死体遺棄事件についての審理が横浜地裁で開始された。

2010年11月16日、Iに殺人罪の判決も含めた判決が言い渡され求刑通り死刑判決。裁判員裁判で2件目の死刑求刑であり初めての死刑判決。

その後弁護人控訴したが、2011年6月16日にI本人が控訴を取り下げたため死刑判決が確定。裁判員裁判で初めての死刑確定となった[4]

2017年現在、Iは東京拘置所収監されている。

脚注[編集]

  1. ^ 「電動のこぎりで損壊」横浜バラバラ、新たに1人逮捕 MSN産経ニュース 2009年10月15日(2009年10月19日時点でのアーカイブ)
  2. ^ 殺害し1300万強奪容疑/切断遺体事件で再逮捕 四国新聞社 2009年11月11日[リンク切れ]
  3. ^ a b 切断遺体事件の被告に有罪の部分判決 MSN産経ニュース 2010年10月14日(2010年11月19日時点でのアーカイブ)
  4. ^ 裁判員裁判、初の死刑確定 被告が控訴取り下げ 共同通信 2011年6月17日

関連項目[編集]