横浜オリンピック構想

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メインスタジアムとなる予定であった横浜国際総合競技場

横浜オリンピック構想(よこはまオリンピックこうそう)は、2008年夏季オリンピックの開催を神奈川県横浜市で目指していた構想。1997年日本オリンピック委員会(JOC)総会での決選投票により、日本からの立候補都市は大阪市大阪オリンピック構想)に決定し、開催は実現しなかった。

大会の概要[編集]

  • 予定日を2008年10月10日10月26日とし、横浜市北部、港北区横浜国際総合競技場がメインスタジアムになっていた。
  • 横浜市を中心にしながら、関東地方の1都6県と山梨県に38会場を整備する広域開催として、開催費用を抑える構想を持っていた。
  • みなとみらい地区には運営本部、プレスセンター、選手村などの大会機能を集中させる予定になっていた。
  • 2009年の横浜開港150周年と関連付けることも考えられていた。

関連年表[編集]

招致失敗の原因[編集]

  • 北関東まで会場が分散する超広域開催に対しての不安が払拭できなかった。
  • 2002 FIFAワールドカップ開催が決定した直後の横浜市では、市役所の招致活動主導権が強すぎたことも重なり、市民の関心を引きつけきれず、財界などの民間団体まで広く組織化した大阪とは好対照となった。

その後[編集]

  • 国体での使用だけなら3万人、ワールドカップ開催を考慮しても4万人程度の収容能力で十分だったにも関わらず、実際は7万人の巨大スタジアムになった事で、横浜市は建設費と維持費の負担が巨額になった。
  • 川崎市の(仮称)浮島競技場や横浜市の横浜市武道館のように、競技予定会場としてリストアップされながら実現しなかった施設もある。
  • 東京が2020年夏季オリンピックの招致に成功し(2020年夏季オリンピックの開催地選考も参照)、同オリンピックでは横浜国際総合競技場でサッカー競技が開催される予定になっている。現状のまま推移すれば、横浜でもオリンピック競技が開催されることになる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]