横山富次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

横山 富次郎(よこやま とみじろう、1863年文久3年2月) - 1936年昭和11年)3月21日)は日本の政治家実業家衆議院議員政友会)。

略歴[編集]

1863年(文久3年2月)、江戸日本橋呉服木綿問屋横山五兵衛の第三子として生まれる。中江篤介仏学塾などで学んだ後、1888年(明治21年)に東京仏学校(現・法政大学)を卒業する。家業に従事しながら、1897年(明治30年)に貿易会社大和商会を興し、経営する。

1891年(明治24年)に日本橋区会議員、1892年(明治25年)に東京府会議員、1893年(明治26年)に東京市会議員、1898年(明治31年)に第6回衆議院議員総選挙に当選する。また、1894年(明治27年)に東京市区改正委員、1897年(明治30年)に東京府会の常置委員を務める。

1900年(明治33年)3月に起きた東京市参事会員の収賄事件により収賄罪に問われ、1902年(明治35年)に判決が確定する。判決を受けて、1902年(明治35年)5月に利光鶴松とともに衆議院議員資格が消滅する[1][2][3]

脚注[編集]

  1. ^ 「東京市参事会員の収賄事件」時事新報 明治34年1月22日『新聞集成明治編年史第十一巻』
  2. ^ 「市参事会収賄事件裁判確定」日本(新聞)明治35年3月30日『新聞集成明治編年史第十一巻』
  3. ^ 『官報』第5657号、明治35年5月16日

参考文献[編集]

  • 『衆議院議員列伝』(衆議院議員列伝発行所、1901)
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』(衆議院事務局、1940)