楽音寺

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楽音寺(がくおんじ)は、大阪府八尾市の地名。581-0853、現住所表記では1丁目から7丁目および大字楽音寺。

現住所表記に変更される前は全域が大字楽音寺だった地域で、現在の西高安町4,5丁目のほぼ全域も含まれていた。八尾市のいちばん北東端に位置する。

歴史[編集]

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町名の由来はかつて存在した楽音寺に由来し、江戸時代まではあったがすでに廃寺となっている。かつて奈良時代の頃までは集落は西の山(西の山古墳)より東の山麓にあったが、天然痘が流行して死人がでたため祈祷師に見てもらった結果、西の山の祟りだということで集落を西の山より西へ移したと伝えられている。元文2年の河内国高帳によると石高は409石余。江戸時代以降、幾度か支配者が変わり、寛文9年に淀藩領となり幕末に至っている。明治以降の市町村制施行で北高安村の大字となり、現住所表記施行時に西側の一部が西高安町となる。

地理[編集]

八尾市のいちばん北東端に位置し、東西に細長い。町内のいちばん西を大阪外環状線が通り、その東を東高野街道が通る。

楽音寺

※中学校は高安中学校水越2丁目)、小学校は北高安小学校(同左)の校区となる。

参考文献[編集]

関連項目[編集]