楊炯
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楊 炯(よう けい、永徽元年(650年)頃 - 𨭻𨲢元年/𠀑冊万歳元年(695年)頃[1][注釈 1])は、中国の唐代初期の詩人。名は烱とも作る[5]。王勃・盧照鄰・駱賓王とともに「初唐の四傑」と称せられる。
略伝
[編集]漢詩
[編集]| 従軍行 | |
| 烽火照西京 | 烽火は西京を照らし |
| 心中自不平 | 心中 自ら平らかならず |
| 牙璋辞鳳闕 | 牙璋 鳳闕を辞し |
| 鉄騎繞竜城 | 鉄騎竜城を繞(めぐ)る |
| 雪暗凋旗画 | 雪暗くして旗画は凋し |
| 風多雑鼓声 | 風多くして鼓声みだる |
| 寧為百夫長 | 寧ろ百夫の長たらん |
| 勝作一書生 | 一書生となるに勝れり |
| 夜送趙縦 | |
| 趙氏連城璧 | 趙氏連城の璧 |
| 由来天下伝 | 由来天下に伝う |
| 送君還旧府 | 君が旧府に還るを送れば |
| 明月満前川 | 明月は前川に満つ |
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 『大辞林』「ようけい やう― 【楊炯】」三省堂。
- ↑ 齋藤茂 / 日本大百科全書(ニッポニカ)『「楊炯」の意味・わかりやすい解説』小学館、コトバンク。2026年2月6日閲覧。
- ↑ 興膳宏 / 改訂新版 世界大百科事典『「初唐四傑」の意味・わかりやすい解説』平凡社、コトバンク。2026年2月6日閲覧。
- ↑ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『「楊炯」の意味・わかりやすい解説』コトバンク。2026年2月6日閲覧。
- ↑ 精選版 日本国語大辞典『「楊烱」の意味・読み・例文・類語』コトバンク。2026年2月6日閲覧。