楊朱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

楊 朱(よう しゅ、生没年未詳、紀元前370年頃? - 紀元前319年頃?)は、中国戦国時代の思想家。個人主義的な思想である為我説(自愛説)を主張した。は子居。

人間の欲望を肯定し、自己満足が自然に従うものであるとした。儒家墨家に対抗し、異端として孟子などから排撃される。著書は伝わらず、「列子(楊朱篇)」、「荘子」などに学説が断片的であるが記載される。

哲学史の研究においては、西洋で同時代に快楽主義を提唱したエピクロスと比較される。

関連項目[編集]