椎名麟三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
椎名 麟三
(しいな りんぞう)
Rinzo Shiina 01.jpg
1953年5月
誕生 1911年10月1日
日本の旗 日本兵庫県飾磨郡曾左村之内書写村
死没 (1973-03-28) 1973年3月28日(61歳没)
日本の旗 日本東京都
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 姫路中学校中退
活動期間 1939年 - 1973年
ジャンル 小説
文学活動 第一次戦後派
代表作 『深夜の酒宴』(1947年)
『永遠なる序章』(1948年)
『自由の彼方で』(1954年)
『美しい女』(1955年)
『懲役人の告発』(1969年)
主な受賞歴 芸術選奨文部大臣賞(1956年)
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

椎名 麟三(しいな りんぞう、1911年10月1日 - 1973年3月28日)は、日本小説家である。本名は大坪 昇(おおつぼ のぼる)。

貧窮の中に育ち、職を転々とした後、共産党に入るも投獄され転向。戦後、『深夜の酒宴』で独自の実存主義的作風を示して一躍脚光を浴び、第一次戦後派の代表作家と目された。その後キリスト教に入信、平凡愚劣な現実や生を肯定する宗教的作風に新境地を拓いた。

人物[編集]

父・大坪熊次(おおつぼ くまじ)と母・みすの、の長男として、兵庫県飾磨郡曾左村之内書写村(現・姫路市書写東坂(ひがしさか))に出生。両親ともに愛人を持ち、のちに父母ともに自殺した事から困窮し、14歳で家出する。旧制姫路中学を中退し、果物屋での20時間労働、飲食店の出前持ち、燐寸工場の鉄具ひろい、コック見習いなどの職を転々とした。宇治川電気(現・山陽電鉄)の車掌時代にカール・マルクスを読みはじめるとともに日本共産党に入党。

1931年(昭和6年)に特高に検挙された。獄中で読んだニーチェこの人を見よ』をきっかけに転向。その後ニーチェの『大いなる正午』をきっかけに哲学にのめり込む。エッセイ「蜘蛛の精神」によれば、キルケゴールジンメルなどを師とあおぎ、後に入信することとなるキリスト教に関する知識を得た。小説に関してはドストエフスキーとの出会いを通して「小説なるものの真の意味」を知ったと述べている。戦後『深夜の酒宴』(1947年(昭和22年))で登場。1950年(昭和25年)、キリスト教へ入信。日本基督教団上原教会にて赤岩栄牧師から洗礼を受ける。以後キリスト教作家として活動。1956年『美しい女』で芸術選奨文部大臣賞受賞。1973年(昭和48年)3月28日脳内出血のため東京都世田谷区松原の自宅で死去[1]。61歳没。

作品[編集]

小説[編集]

  • 「深夜の酒宴」(1947年)のち講談社文芸文庫 
  • 『重き流れのなかに』(1947年)筑摩書房、のち新潮文庫 
  • 『深尾正治の手記』銀座出版社 1948年
  • 『永遠なる序章』(1948年)河出書房、のち新潮文庫 
  • 『その日まで』筑摩書房 1949年
  • 『病院裏の人々』月曜書房 1950年
  • 『赤い孤独者』(1951年)河出書房 のち旺文社文庫 
  • 『嫉妬』早川書房 1951年
  • 『邂逅』(1952年)講談社 のち旺文社文庫 
  • 『愛と死の谷間』筑摩書房 1953年 のち角川文庫
  • 『自由の彼方で』大日本雄弁会講談社 1954年 のち新潮文庫講談社文芸文庫
  • 『神の道化師』新潮社 1955年 のち旺文社文庫、講談社文芸文庫
  • 『美しい女』中央公論社 1955年 のち角川文庫、新潮文庫中公文庫
  • 『愛の証言』光文社(カッパ・ブックス) 1955年
  • 『母の像』河出新書 1955年
  • 『その日まで』近代生活社(近代生活新書) 1956年
  • 『運河』新潮社 1956年 のち旺文社文庫
  • 『人生の背後に』角川小説新書 1956年
  • 『新作の証言』筑摩書房 1957年
  • 椎名麟三作品集』全7巻 大日本雄弁会講談社 1957年 - 1958年
  • 『雨は降り続いている』東京書房 1958年
  • 『明日なき日』人文書院 1959年
  • 「寒暖計」新潮 1959年
  • 『断崖の上で』中央公論社 1959年
  • 『罠と毒』中央公論社 1960年
  • 『長い谷間』講談社 1961年
  • 『媒妁人』新潮社 1962年
  • 『カラチの女』講談社 1963年
  • 『懲役人の告発』新潮社・純文学書き下ろし特別作品(1969年)
  • 『変装』新潮社 1970年
  • 椎名麟三全集』全23巻別巻 冬樹社 1970年 - 1979年
  • 『椎名麟三初期作品集』河出書房新社 1975年

脚本[編集]

映画[編集]

  • 愛と死の谷間(1954年、日活
  • 鶏はふたゝび鳴く(1954年、新東宝

戯曲[編集]

  • 姫山物語(1963年、ミュージカル)
  • 悪霊(1970年、冬樹社) - 脚色
  • 蠍を飼う女 自選戯曲集(1971年、新潮社)

テレビドラマ[編集]

  • その男(1959年、NHK大阪「テレビ劇場」)
  • 終電車脱線す(1960年、ラジオ東京テレビ「日立劇場」)
  • 自由への証言(1960年、NHK大阪) - 芸術祭奨励賞
  • 待っている間の(1962年、日本テレビ「愛の劇場」)
  • 約束(1964年、NHK「NHK劇場」) - 芸術祭奨励賞

随筆・評論[編集]

  • 自由を索めて エッセエ集(近代文庫社 1949年)
  • 愛と自由の肖像(社会思想研究会出版部 1956年 のち現代教養文庫)
  • 猫背の散歩(河出書房 1956年)
  • 私の聖書物語(中央公論社 1957年 のち文庫)
  • 生きる意味(社会思想研究会出版部 1959年 のち現代教養文庫)
  • 私の人生手帖(社会思想研究会出版部(現代教養文庫) 1961年)
  • 文学入門(佐古純一郎共編 日本基督教団出版部 1963年)
  • 信仰というもの(教文館(現代キリスト教双書) 1964年)
  • 地底での散歩(国際日本研究所 1966年)
  • 人・生活・読書(二見書房 1967年)
  • 私のドストエフスキー体験(教文館 1967年)
  • 凡愚伝(日本基督教団出版局 1967年)
  • 椎名麟三人生論集(全5巻 二見書房 1968年)
  • 椎名麟三信仰著作集(全13巻 教文館 1977年 - 1982年)
  • 愛について(旺文社文庫 1977年9月)
  • 椎名麟三創作ノート(全3巻 菁柿堂 1981年 - 1982年)

記念碑など[編集]

山陽電気鉄道本社前に文学碑がある。椎名麟三がかつて山陽電鉄に車掌として勤めていたこと、またその経験を生かし「美しい女」を執筆したことによる。碑文には「考えてみれば人間の自由が僕の一生の課題であるらしい」と刻まれている(『鉄道ピクトリアル』1990年5月増刊号・特集 山陽電気鉄道/神戸電鉄より)。

また、書写山圓教寺には、岡本太郎による文学碑がある。椎名が書写山のふもと、東坂に生まれたことによる。

脚注[編集]

  1. ^ 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)160頁

関連項目[編集]