コージィ城倉
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(森高夕次から転送)
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コージィ じょうくら コージィ城倉 | |
|---|---|
| 別名義 | 森高 夕次 |
| 生誕 | 1963年4月24日 |
| 国籍 | 日本・長野県 |
| 職業 |
漫画家 漫画原作者 |
| 活動期間 | 1989年 - |
| ジャンル | 青年漫画 |
| 代表作 |
砂漠の野球部 おれはキャプテン ももえのひっぷ グラゼニ(漫画原作者として) おさなづま(漫画原作者として) |
| 受賞 |
スピリッツ賞 第37回講談社漫画賞一般部門 (『グラゼニ』) |
コージィ 城倉(コージィ じょうくら、1963年4月24日[1] - )は、日本の漫画家、漫画原作者。男性[2]。長野県出身。初期のペンネームはコージィ♡城倉(『おれはキャプテン』開始時に♡を外す)。漫画原作者としてのペンネームは森高 夕次(もりたか ゆうじ)。
経歴・人物
[編集]長野県赤穂高等学校卒業後、デザイン系専門学校に2年間通う。卒業後はグラフィックデザイナーとして働くが、勤務先の経営不振に危機感を感じて出版各社へ漫画を持ち込み、25歳でスピリッツ賞の佳作[3]となる。1989年に『男と女のおかしなストーリー』でプロデビュー。初期はヤングサンデー、ヤングマガジンなどの青年誌で執筆していたが、週刊少年サンデー連載の『砂漠の野球部』で異彩を放ち、以後、野球漫画を多く手掛けている。2023年現在は、グランドジャンプにて『キャプテン2』を連載中。
その一方、漫画原作者としても『おさなづま』がヒットし、漫画家活動とほぼ並行する形で現在まで続いている。
代表作は『砂漠の野球部』『おれはキャプテン』『ももえのひっぷ』、漫画原作の代表作に『グラゼニ』、『おさなづま』などがある。「グラゼニ」では第37回講談社漫画賞一般部門を受賞した。
東京ヤクルトスワローズのファン[4]で、TBSラジオとヤクルト戦中継が多いニッポン放送を聴いており、『鶴光の噂のゴールデンアワー』のアシスタントだった田中美和子の大ファンで、2013年9月15日の『ニッポン放送ショウアップナイター』にゲスト出演して神宮球場で田中と対面した。
作風
[編集]作品リスト
[編集]漫画
[編集]漫画原作
[編集]漫画構成
[編集]- ファイ・ブレイン 最期のパズル(原作:矢立肇 絵:上野春生)
備考
[編集]『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)2007年第34号において、森高夕次名義でイラストを描いている。
アシスタント
[編集]脚注
[編集]- ↑ “4月24日生まれの文化人”. 4月24日生まれの有名人(偉人・文化人・芸能人・スポーツ選手・アニメキャラ). マイナビ子育て (2023年5月29日). 2026年4月24日閲覧。
- ↑ “コージィ 城倉(漫画家)”. マンガペディア. 2025年9月19日閲覧。
- ↑ “【インタビュー】漫画原作者に聞く! 第3回『江川と西本』『チェイサー』森高夕次/コージィ城倉氏(その1)”. コミスン. 小学館 (2018年7月24日). 2018年10月30日閲覧。
- ↑ 週刊ベースボール2012年2月6日号 P16
- ↑ 「コージィ城倉スペシャルインタビュー 読みやすさの原点に立ち返る。それが『おれはキャプテン』コージィの野望・仕事編 ネーム派作家コージィ城倉(現在はリンク切れ)(同アーカイブ)
- 1 2 「コージィ城倉スペシャルインタビュー 読みやすさの原点に立ち返る。それが『おれはキャプテン』コージィの野望・過去&未来編 死ぬまでマンガを描いていたい(現在はリンク切れ)(同アーカイブ)
- ↑ 「都市対抗野球大会:スペシャルコンテンツ 原作者 森高夕次さんが語る 都市対抗とグラゼニ」 毎日新聞 2016年12月14日閲覧
- ↑ “グラゼニ : 作品情報”. アニメハック. 2020年5月14日閲覧。
- ↑ 『トンネル抜けたら三宅坂』第1巻より。
外部リンク
[編集]- コージィ城倉のプロフィール - コミックナタリー