森重隆
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森 重隆(もり しげたか、1951年11月6日 - )は、日本の元ラグビー選手、指導者。
プロフィール[編集]
経歴[編集]
高校からラグビーをはじめ、高校2・3年時には全国大会に出場した。卒業後、明治大学ラグビー部に在籍。しかし、才能を開花させる機会が無く、レギュラーになれなかった。大学3年終盤に行われたニュージーランド遠征の際に、大活躍し、一気に注目を浴びる。大学卒業後は、新日鉄釜石(後の釜石シーウェイブス)に就職する。主将・監督として日本選手権4連覇を果たした。日本代表チームにも、1974年春から選出され、不働のレギュラーとしてプレイした。8試合主将も務めた。
プレイの特徴は、ラグビースパイクを履いて100m11秒2の俊足を生かした。弾ける様なステップとランで、トライを量産した。 明治・北島監督からは、「糸の切れた凧」と評される程、奔放でスピードのあるBKだった。
引退後は福岡高校のラグビー部コーチ、監督を務める。2010年には同高を全国大会出場に導いた。現在日本ラグビーフットボール協会副会長及び九州ラグビーフットボール協会会長。[1]