森裕子

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日本の旗 日本の政治家
森 裕子
もり ゆうこ
Yuko Mori Photographed by Ryota Nakanishi.JPG
演説中の森ゆうこ
生年月日 1956年4月20日(60歳)
出生地 新潟県新津市(現:新潟市秋葉区
出身校 新潟大学人文学部
前職 横越町議会議員
所属政党 自由党→)
民主党→)
国民の生活が第一→)
日本未来の党→)
(生活の党→)
生活の党と山本太郎となかまたち
称号 文学士
公式サイト 元参議院議員 森ゆうこ 公式サイト

選挙区 新潟県選挙区
当選回数 2回
在任期間 2001年 - 2013年7月28日

横越町議会議員
当選回数 1回
在任期間 1999年 - 2001年
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森 ゆうこ森 裕子、もり ゆうこ、1956年4月20日 ‐ )は、日本政治家

参議院議員(2期)、文部科学副大臣国民の生活が第一幹事長代行、日本未来の党副代表、生活の党代表、代表代行などを歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

新潟県新津市(現:新潟市秋葉区)出身。新津市立新津第五中学校、新潟県立新津高等学校新潟大学法文学部(現:人文学部英文科卒業[要出典]

政治家として[編集]

1999年中蒲原郡横越町(現:新潟市江南区)町議会議員選挙に初当選。横越町議会初の女性議員となる[要出典]2001年7月、第19回参議院議員通常選挙新潟県選挙区から出馬し、初当選。2003年静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わる[1]

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙に、新潟県選挙区から民主党公認で出馬し、2期目の当選。2011年野田内閣文部科学副大臣に就任。2012年、文部科学副大臣を退任。7月3日に民主党を離党[2]。同月11日に国民の生活が第一の結党に参加し[3]、党幹事長代行(参議院担当)兼参議院幹事長に就任。11月28日には、滋賀県知事嘉田由紀子 が結成した日本未来の党に参加し[4]、党副代表に就任した。2012年12月27日、日本未来の党が分裂、小沢率いる生活の党に入党。党代表に就任した[5]2013年1月25日、生活の党代表を辞任、新しい代表には小沢一郎が就任した。森は新設の代表代行に就いた。

2013年7月、第23回参議院議員通常選挙に、新潟県選挙区から生活の党公認で出馬するも落選。2014年11月第47回衆議院議員総選挙に、田中眞紀子の不出馬で民主党候補の空白域となっていた新潟5区から出馬すると発表。同月、鈴木克昌の民主党移籍に伴い、代表代行に復帰。2014年12月、第47回衆議院議員総選挙に新潟5区から出馬するも落選。

政策・主張[編集]

2011年9月28日文部科学副大臣として文部科学省公立義務教育諸学校の学級規模及び教職員配置の適正化に関する検討会議主査木村孟(右)から中間とりまとめを受領
2012年2月28日、ものづくり日本大賞文部科学大臣賞授賞式にて文部科学副大臣として愛知県立刈谷工業高等学校校長鈴木直樹(右)に賞状を伝達

司法問題[編集]

2004年検察審査会強制起訴権限を持たせる検察審査会法改正案に賛成票を投じた[6]

2002年鈴木宗男事件鈴木宗男が逮捕された後には「(子供たちに)政治家はみんな悪いことをするんだね、結局みんな鈴木宗男になるんでしょうと言われ、私は言葉を失いました[7]」と、鈴木が「悪いことをする政治家の代表格」であることを前提とした発言をしていたが、2009年に民主党が告発した議院証言法違反を含む4つの罪で鈴木の有罪が確定し、鈴木が失職した際には「無実の政治家が容易にバッジを奪われる[8]」と鈴木を擁護するコメントをした。

2012年には、日本の検察と裁判所の組織的腐敗の実態を告発する著書『検察の罠』を日本文芸社から出版した。

歴史認識[編集]

河野談話問題では2012年8月27日の参院理事会にて外山斎とともに河野洋平石原信雄参考人招致を求めていた。

家族制度[編集]

選択的夫婦別姓制度導入に反対[9]

国会での主な活動[編集]

乱闘[編集]

2003年7月25日、参議院外交防衛委員会におけるイラク特措法案(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法案)の採決で、森は委員長席のテーブルに登って松村龍二委員長に詰め寄り、護衛役となっていた大仁田厚の髪をつかみ頭を殴りつけた[10]

マスコミがこのシーンを大きく報道したため、与党だった自民党側は「パフォーマンスだ」「売名行為だ」などと批判[要出典]。被害にあった大仁田もマスコミを通して森に抗議した[要出典]

これに対し、森は「多数決の原理だけで強行採決するのは、民主主義を無視したやり方だ。これでは民主主義ではない」と応酬した[要出典]自由党党首・小沢一郎も森を「我々の闘士」と持ち上げるなど院内外で話題となったが、この乱闘の話題は法案施行後に一気に沈静化した[要出典]

本会議での長演説[編集]

2004年6月4日の参議院本会議で、年金制度改革関連法案の成立を阻止するため、国井正幸厚生労働委員長解任決議案の提案趣旨説明に立ち、3時間1分に渡るフィリバスター(長時間演説による議事引き延ばし抵抗戦術)を行って、現憲法下の国会における最長演説記録を更新した[11]

その内容は「身の上話や議事録の棒読みで時間を稼ぐなど中身の薄いもの」(6月5日、朝日新聞社説)と批判され、当時の参議院議長倉田寛之から何度も「簡潔に、常識の範囲でやってください」と注意された[要出典]。終了後、記者団の質問に「これから本題に入るところだった。まだ数時間やるつもりでした」「選挙で一日マイクを握ってても大丈夫ですから」と答えている[要出典]野党側はフィリバスターのみならず牛歩戦術なども利用して議事妨害したため、同日に与党が予定していた年金関連法案の可決・成立は、翌5日にずれ込んだ[要出典]

三原発言への批判[編集]

2010年10月21日の参議院厚生労働委員会において、子宮頸がんの予防ワクチンと子宮頸がん検診の無料化を訴える三原じゅん子の発言を批判した。三原が自身の子宮頸がんの影響による子宮摘出経験を踏まえて「女性にとって最も大切な、子供を産むという機能を失ってしまった」と述べたことに対し、「女性は子供を産むためにあるような表現で不適切だ」と批判した[12]

人物[編集]

夫との間に二女一男あり。新潟動物ネットワークから里親として預かった猫2匹を飼い、名前は「タビ」と「モチ」[13]

ブロガーの志岐武彦を名誉毀損で提訴したものの、敗訴[14]。自民党国会議員の森まさこと間違われることがある。

所属していた団体・議員連盟[編集]

発言[編集]

森は2010年10月23日、自民党三原じゅん子議員が行った「女性にとって最も大切な子供を産むという機能を失ってしまった」(三原は子宮頸癌子宮を摘出している)との発言を女性は子供を産むためにあるような表現で不適切だ」として批判したとスポーツ報知に報じられた[15]


脚注[編集]

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  1. ^ 国会議員署名これまでと今後の展望 - 空港はいらない静岡県民の会(2009年3月7日時点のアーカイブ
  2. ^ “小沢氏ら衆院37人除名 民主党、参院12人は「離党」”. 中国新聞 (中国新聞社). (2012年7月3日). オリジナル2012年7月4日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2012-0704-0734-22/www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201207030230.html 
  3. ^ “新党の参加議員”. 時事ドットコム (時事通信社). (2012年7月11日). オリジナル2012年12月4日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/emr9 
  4. ^ “日本未来の党が設立届 飯田氏「小沢氏は無役」”. 日本経済新聞 電子版 (日本経済新聞社). (2012年11月28日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFB2803X_Y2A121C1000000/ 2012年11月29日閲覧。 
  5. ^ “未来が「生活の党」に党名変更 代表は森ゆうこ氏に”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2012年12月27日). http://www.asahi.com/politics/update/1227/TKY201212270750.html 2013年10月16日閲覧。 
  6. ^ 参議院本会議2004年5月21日「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」投票結果
  7. ^ 参議院本会議2002年6月24日議事録
  8. ^ Twitter / 森ゆうこ
  9. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  10. ^ [1]
  11. ^ なお、それまでの最長記録は、1999年8月11日の参議院本会議で民主党参議院議員・円より子通信傍受法案採決に抵抗するため行った2時間8分だった。日本の憲政史上の最長フィリバスターは1929年武富濟の5時間30分)。
  12. ^ 三原じゅん子議員、森ゆうこ議員の批判「眼中にない」 - スポーツ報知 2010年10月23日
  13. ^ 経歴・生い立ちのご紹介(森ゆうこ 前参議院議員 オフィシャルサイト 2015年11月2日閲覧)
  14. ^ さくらフィナンシャルニュース 2014年8月7日
  15. ^ 三原じゅん子議員、森ゆうこ議員の批判「眼中にない」 - スポーツ報知 2010年10月23日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
笹木竜三鈴木寛
日本の旗 文部科学副大臣
2011年 - 2012年
奥村展三と共同
次代:
奥村展三高井美穂
党職
先代:
結成
生活の党代表
初代 : 2012年 - 2013年
次代:
小沢一郎
先代:
新設
鈴木克昌
生活の党代表代行
初代 : 2013年
第3代 : 2014年 -
次代:
鈴木克昌
(現職)
先代:
結成
日本未来の党副代表
2012年
次代:
分党