森巻吉

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森巻吉

森 巻吉(もり けんきち、1877年明治10年)5月3日[1] - 1939年昭和14年)7月12日[1])は、日本教育者

経歴[編集]

石川県金沢市に岐阜訓盲院創設者森巻耳の長男として生まれた[2]第四高等学校を経て、1904年(明治37年)、東京帝国大学文科大学英文学科を卒業[1]第一高等学校嘱託として、清国留学生の英語授業を担当した[1]1909年(明治42年)、第一高等学校教授に就任し、1922年大正11年)から翌年にかけて欧米に在留した[1]1927年(昭和2年)、松本高等学校校長となり、1929年(昭和4年)には第一高等学校校長に転じた[1]

1937年(昭和12年)に退官した後は、法政大学文学部長・同高等師範部長を務めた[1]

脚注[編集]

参考文献[編集]

公職
先代:
大渡忠太郎
日本の旗 松本高等学校長
1927年 - 1929年
次代:
新保寅次