森岡元生

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森岡 元徳
時代 江戸時代中期
死没 元文2年(1737年
別名 金吾、内蔵之助
墓所 梅林寺弘前市
氏族 称・藤姓津軽氏支流森岡氏
父母 父:森岡元隆
兄弟 元生元徳

森岡 元生(もりおか もとき)は、江戸時代中期の弘前藩士。

生涯[編集]

森岡元隆の嫡男として生まれた。正徳2年(1712年)、家督を継ぐと、家禄を1300石減らされ1000石となった。

享保15年(1730年)に手廻頭、享保18年(1733年)には城代を務めた。

元文2年(1737年)4月に死去した。

家督は弟元徳が継いだ。

参考文献[編集]

  • 「青森県人名大事典」1969年、東奥日報社