森下雄一郎

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森下 雄一郎
Morishita Yuichiro
生誕 (1977-06-20) 1977年6月20日(41歳)

森下 雄一郎(もりしたゆういちろう、1977年6月20日)は、日本の社会活動家である。「SENDto2050 PROJECT(せんどとぅーにせんごじゅうぷろじぇくと)」の創設者であり、日本の地方創生活動「地方崛起(ちほうくっき)」の発起人。元海外プロバスケットボール選手。

海外挑戦[編集]

1.1 18歳で単身渡米-海外プロバスケ選手となる―[編集]

1977年に兵庫県に生まれ、小学5年生から始めたバスケットボールをはじめる。高校卒業までバスケに夢中になるものの、インターハイなどの全国大会には行けず、日本の3つの大学をバスケ推進で受けるが全て落ちる。バスケを諦めようと、建築の専門学校に入学するが、どうしてもバスケが諦めきれないまま専門学校を退学し、バイトに明け暮れて貯めた少しの貯金をもとに、1997年(当時18歳)に日本人初のNBA選手を夢見て単身渡米。なんの伝手もなかった森下は米国の黒人外に在るストリートコートからプレイをはじめ、米国の大学からスカウトを受け、大学バスケの舞台に立つ。その後、全米各地のプロマイナーリーグでプレイし続ける。その後、2002年には「NBA」に最も近いマイナーリーグ(NBDL)から、 日本人として初めてドラフト指名を受ける。※この時の挑戦の模様は、2002年6月に、日本の番組「情熱大陸」に取り上げられる。その後、NYブルックリンのストリートコートから黒人選手を相手に勝ち上がっていき2006年には、世界最高峰のストリートバスケットチーム「AND1 mixtapetour」とアジア人として初めて契約。2009年までの約4年間、同チームにて米国をはじめ世界各国にて試合を行う。2009年。同チームの一員として、日本にて凱旋試合を行い引退を表明した。

2000年、米国プロバスケ選手となり、2005年までデラウエア州アトランタ州ニューヨーク州カリフォルニア州等にてプロバスケ選手として活動。

2004年、NBAの下部組織NBDLから、日本人としては初となるドラフト使命を受ける。

2005年、米国マイナーリーグで初めて対戦相手に日本人が現れる。同年NBAの舞台に立ったのは違う日本人だった。

2006年、アジア人として初となる、世界最高峰のプロストリートバスケチーム「AND1」に2009年まで参戦する。

2009年。故郷の兵庫県尼崎市にて凱旋試合を行い、プロバスケ選手としての引退を発表した。

※上記の期間、「日本人で最もNBAに近い日本人」として、KDDIのコマーシャルや「情熱大陸」などのメディアに取り上げられる。

1.2 世界各国を周り各地で様々な仲間と出会う[編集]

海を渡った1996年~2009年の約13年間。森下は様々な国や地域、文化や価値観、宗教等の違う人たちと家族と呼び合えるまでの関係になる。そして、森下が家族と呼び合える関係になった人々が、白人地域での平和活動家や、黒人地域での社会活動家であったことで、様々な課題に直面する。

社会活動のはじまり[編集]

2.1 社会活動のはじまり―約6年間で延べ10万人-[編集]

2004年から、帰国の際には子ども達に向けたバスケットボール教室の開催、大学生や若者に向けた講演活動をはじめ海外支援なども行う。

2004年から2009年までの間に、国内外で延べ10万人の子ども達や若者に教室及び講演等を行う。

2・2 社会活動の本格始動―SENDto2050 PROJECTの設立―[編集]

2009年のバスケ選手引退後、日本に完全帰国し、自身が約13年間に渡り世界各国を周り、世界の課題と直面してきたこと、そして、日本での社会活動を通じて直面してきた国内外における社会課題の解決を目指した、「SENDto2050 PROJECT(せんどとぅーにせんごじゅう ぷろじぇくと)」を設立。

※SENDto2050 PROJECTとは、「2050年により良い未来を届ける」ことを目的とした、各界のトップランナーをはじめ、志高き人々が集まり、2050年に良い良き平和な時代を届けるべく、日本の社会課題をはじめ世界の課題解決に挑む活動を起こしていく社会活動団体です。

教育活動[編集]

3.1 関西を中心に「志」教育を行う[編集]

2009年~2010年、近畿2府4県の自治体・教育委員会と連携し、中学校・高校を対象とした「志」教育の実施。パナソニック株式会社や、ソフトバンク株式会社等の企業と連携をし、中国(北京市)をはじめアジア各国でも「グローバルリーダーの育成事業」を実施。

3.2 文部科学省の委託を受けて東北へ'[編集]

2011年~2014年、東日本大震災の直後に、関西での活動を文部科学省が視察。

文部科学省の委託を受けて、東北での活動を開始する。東北での主な活動は、各地域(市町村)の自治体、教育委員会、団体、企業と連携をし、市町村単位の中学校・高校の生徒会役員が主体となる、地域課題の解決に向けた行動を起こせるチームの構築と実践を行ってきた。

2011年~2014年の約4年間で、岩手県宮城県福島県の3県で27市町村にて構築及び実施。延べ12,000人が参加した取り組みとなった。

又、東北での実施と同時に、全国各地にて同様の取り組みを実施してきた。2014年時点で、全国29都道府県、延べ約1700校、10万人の参加を超える取り組みとなった。

地方創生 活動[編集]

4.1 「地方崛起(ちほうくっき)」の始動[編集]

2009年にSENDto2050 PROJECTを設立してから、全国各地にて様々な取り組みを行ってきた中で、地方自治体の仕組みを学び、地方の課題と直面してきた中で、全国的な課題となっている「地方の過疎化」による「地方消滅の危機」と直面し、2016年にSENDto2050 PROJECTの国内活動の一環として「地方崛起(ちほうくっき)」を始動。

4.2 「地方崛起(ちほうくっき)」の具体的活動[編集]

地方崛起(ちほうくっき)は、地方各地(全国)にて、崛起(郷土のために立ち上がる)している青年・若者たちがチカラを合わせ、各地の宝(人・物・場所)を地域別で、広域発信していく『広域チャンネル/地方発見録 (YouTube・SNS等)』を構築。2020年度までに約200地域の参加を目指し活動中。※現時点(2018年3月)での参加地域は、宮崎県串間市、新潟県五泉市、青森県板柳町、兵庫県淡路市、宮城県塩竈市、熊本県阿蘇市、和歌山県湯浅町、宮城県大郷町、熊本県合志市。

※毎週水曜日・土曜日に公開中。 ※毎週違う地域の宝(人・物・場所)を紹介。 ※下記の外部リンクから視聴が可能。

4.3 地方崛起(ちほうくっき)の役割『繋がって・繋げる』[編集]

「地方崛起(ちほうくっき)」では、上記の広域チャンネルを通じ、地方各地の熱き『崛起人(くっきびと)』たちと出会い・「繋がり」、 次のステージでは、繋がった各地の崛起人どうしを「繋ぐ」活動へ進化していきます。

これからの地方創生には「チームのチカラが必要だ」。各地の熱き崛起人どうしが繋がれば必ずオモシロキことが起きる。

外部リンク[編集]