森下直人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
もりした なおと
森下 直人
生誕 (1960-06-10) 1960年6月10日
愛知県名古屋市
死没 (2003-01-09) 2003年1月9日(満42歳没)
東京都新宿区西新宿[1]
死因 自殺
遺体発見 ヒルトン東京[2]
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
出身校 東海大学
団体 ドリームステージエンターテインメント
配偶者 あり

森下 直人(もりした なおと、1960年(昭和35年)6月10日 - 2003年(平成15年)1月9日)は、愛知県名古屋市出身の元株式会社ドリームステージエンターテインメント(DSE)代表取締役社長。

来歴・人物[編集]

森下が自殺した場所とされるヒルトン東京(東京都新宿区)

経営学博士号を持ち東海大学卒業後、家電量販店エイデンに入社。店頭販売で抜群の実績を上げ、34歳で広告宣伝部門を子会社化したハドックの代表取締役に就任。パーフェクTV!(現・スカイパーフェクTV!)の設立に関わったことがPRIDEとの接点になる。

KRS時代のPRIDEでは、興行側とテレビ局の間に調整役をこなし、KRS解散後はDSEの社長としてその手腕を振るうことが期待された。1999年(平成11年)1月にDSEを設立した後は、PRIDEも徐々に軌道に乗り始め、ますます発展していく矢先の2003年(平成15年)1月9日未明、投宿していたホテルの浴室内で首をつって死亡しているのが発見された[2]。警視庁は検死の結果、事件性がなく自殺と判断。

1月16日に、東京都港区の青山葬儀所で社葬が行われた[1]。2000年(平成12年)に再婚した妻と2歳の長女を遺している。

学生時代にボクシングを齧っていたが、格闘技自体には愛着がないことを公言し、日本発の世界に通用するコンテンツとして可能性があるからやっているだけ、と常にビジネスライクに語っていた。しかし死去一日前の際に行われた記者会見では、これからのPRIDEの展望を、長時間に渡って熱弁していた。その為DSE関係者は「あれだけこれからの情熱に燃えていた人がなぜ急に自殺を?」と首を傾げていた。

また、業界屈指の好人物として知られ、人柄を慕う関係者も多かった。

著書[編集]

  • 大浦淳司・著 『これが勝ち組! 12人の成功プロセスだ』 ビジネス教育出版社 2001年(平成13年)6月 ISBN 4-8283-0018-X
    • インタビュー「まず人と出会うことから始まる」 を収録
  • アントニオ猪木・著 『非常識』 河出書房新社 2002年(平成14年)6月 ISBN 4-309-26564-2
    • 対談「ビジネスそしてエンターテインメント」 を収録

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b “【PRIDE】森下社長の社葬に国内外のPRIDE戦士が多数参列”. BoutReview. (2003年1月16日). http://www.boutreview.com/data/news/030108pride-topics.html 2016年3月16日閲覧。 
  2. ^ a b “「PRIDE」の森下社長が首つり自殺!新年会で抱負を語ったその夜に…”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社). (2003年1月9日)