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梅若玄祥
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
梅若玄祥
(うめわかげんしょう)は、シテ方観世流の一派で
能楽師
、梅若家の名跡。
初世 - 梅若九郎右衛門玄祥。江戸時代初期に活躍し、梅若家中興の祖とされる。
二世 -
五十六世梅若六郎
を参照。
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