梅宮アンナ

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うめみや あんな
梅宮 アンナ
プロフィール
愛称 アンナ
生年月日 1972年8月20日
現年齢 44歳
出身地 東京都
血液型 O
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 168 cm / 63 kg
BMI 22.3
活動
デビュー 1992年
他の活動 特技 茶道 趣味 スキー
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梅宮 アンナ(うめみや あんな、1972年8月20日 - )は、日本のファッションモデルタレントである。ジパングエンタテイメント所属。

人物[ソースを編集]

概要[ソースを編集]

川村幼稚園川村小学校川村中学校を経て、東横学園大倉山高等学校卒業、文化学院専門学校中退。

父親は俳優梅宮辰夫、母親はアメリカ合衆国出身の元モデル・梅宮クラウディアで本人はハーフ。母親は、ドイツ系スペイン系などの血を引いているという[要出典]

梅宮は初め、ファッションモデルとしてデビューしたが、1990年代半ばからはタレントとして、テレビのバラエティ番組などにも多く出演した。また、タレント・羽賀研二との約5年に渡る交際の顛末は、ワイドショー女性週刊誌などで大いに取り上げられた。

2000年以降、一時はテレビ出演が途絶えていたが、近年では再びバラエティ番組やトーク番組への出演がみられるようになっている。

経歴[ソースを編集]

1990年代、街でスカウトされて、女性雑誌 『JJ』に専属モデルとしてレギュラー出演した。 以前より“梅宮辰夫の娘”としては幾たびかテレビに出演していたが、『ねるとん紅鯨団』の芸能人大会に単独で出演。司会進行の石橋貴明が梅宮を非常に気に入り、その回のマドンナのように扱ったこともあり“梅宮アンナ”の名と顔が一般にも知られるようになった。

1994年平成6年)ごろから、タレントの羽賀研二と交際、しかし父親の梅宮辰夫がこれに公然と反対を示し[1]、羽賀に対する叱責や批判を繰り返すなどしたため、芸能マスコミは好んでこの騒動を取り上げた。羽賀との交際中の1995年に、羽賀と共演するヌード写真集ヘアヌードならぬ、"ペアヌード" と呼ばれた)『アンナ 愛の日記』(撮影:篠山紀信)を出版している。これは、当時多額の負債を抱えていた羽賀が自身の借金返済のために企画したものだとも揶揄されたが、後に梅宮本人は「私一人で考えて、純粋にメモリアルとしてやったもの」と述懐している[2]

所属事務所[ソースを編集]

私生活[ソースを編集]

羽賀との交際は、1999年平成11年)に破局を迎えた。

その後の2001年平成13年)6月、梅宮は元飲食店勤務の男性と「できちゃった結婚」し、翌年1月には長女が誕生した[8]。しかしながら、さらに翌年の2003年平成15年)2月には離婚、元夫の男性はその翌年に賭博開帳図利容疑で逮捕された。梅宮は2008年、『3年間の不倫愛が裏切られて私は死を考えた』と題する文章を女性誌に執筆、テレビ番組では再現ドラマが製作された。なお、同年にはプロ野球中日ドラゴンズ(当時)の立浪和義との不倫を“破局”として女性誌に告白している[9][10][11]。一方、自身の恋愛観について梅宮は「スペースマウンテンに乗るような、スリルある恋愛を好んでしまう」とも告白している[12]

2009年平成21年)末、新しい恋について尋ねられた梅宮は、友人らから「アンナは日本人もダメ、アメリカ人もダメ、日系アメリカ人だよね」と言われたことを挙げ、「もし私が新しい恋をするなら日系アメリカ人、って思い始めたの」「私と同じような境遇の人がやっぱりいいのかな…」と述べている[13]

独身時代は体脂肪率が一桁だった時期もあり、下着の広告モデルに採用されメリハリのある肢体を見せたこともあった。しかし、もともと太りやすい体質だったこともあり、30代から徐々に体重が増加、体型も崩れてきた。一時期は体脂肪率が33%を超えたこともある[1]。そのことは自身のブログや、ダイエットを企画したテレビ番組でも公開しており、公開することで自身に鞭を打ち、ダイエットに励んでいる。

ブログ[ソースを編集]

2007年8月20日、35回目の誕生日に自身のブログ『アンナビ』を立ち上げた。ファンと同じ視点に立つことを信条に、ときにはコメントした投稿者の名前をブログに登場させて、コミュニケーションを図っていた。しかし、投稿者の名前をブログに出すことに関して、名前が出されなかった投稿者などから非難が展開され、それが元で9月9日ブログが炎上。これを機にコメントトラックバックともにサービスを停止し、ブログの更新も行われなくなった。9月11日に「今日から。。。。。」という題名のエントリが一度は掲載されたが、9月16日、突然理由も分らぬまま削除された。

2008年3月12日に再開したのち事務所移籍に合わせて2011年にスターダストのサーバー上に『梅宮アンナ オフィシャルブログ Anna Umemiya Official Blog -Gorgeous-』を開設。2013年独立に際し同ブログは閉鎖され、10月8日、アメーバブログで『梅宮アンナ オフィシャルブログ「anna style」Powered by Ameba』として再開した。

2014年7月28日著作者に無断で画像共有アプリであるインスタグラムに画像を無断転載したことをインスタグラム上で「無断転載、盗用ではないか?」と著作権法違反の可能性を指摘され、上記のオフィシャルブログ上で「みんなが楽しんでいるその場を壊す様な発言をする方は、ユーザーブロックにさせていただいています」と宣言。犯罪行為への自覚のなさ、認識の誤りや「自分たちが楽しんでいれば著作者がどんな気持ちになろうと関係がない」ととれる発言から炎上事件となりニュースサイトに取り上げられることとなった。 現在は前述のブログの当該記事は削除されているが、自身は「自分が理解されず嫌われたために創作物を攻撃された」と把握していることをその後インスタグラム上で明かしている[14]

エピソード[ソースを編集]

母親がアメリカ人のためハーフであるが、梅宮本人は日本育ちであることに加え、日常で英語に触れる機会はほとんどなく生活してきた。「勉強嫌い」と述べており授業も身が入らずにいたこともあり、英語は読み書きも、話すことも苦手である。幼少期に通ったアメリカンスクールでは、同級生や教師の喋っている内容が全く理解できなかったと著書『「みにくいあひるの子」だった私』に書かれている(尚、母・クラウディアは日本語の読み書きが出来ないとのこと)。

交友関係[ソースを編集]

同じくファッションモデル出身のタレントである神田うの梨花とは親友であり、テレビやイベントなどでもしばしば共演した。また、漫才師の海原やすよ・ともことも親交を持っている。

家族・親族[ソースを編集]

女優の梅宮万紗子とは従妹に、俳優の高橋克典とは再従兄に、元アイドル「黒BUTAオールスターズ」のメンバーだった梅宮亜須加は遠戚にあたる。

2007年平成19年)に放送されたテレビドラマ、『特命係長 只野仁 (3rd シーズン)』 (テレビ朝日)の最終回(第31話)にゲスト出演、レギュラー出演していた父・辰夫と、再従兄高橋克典との三者が共演することとなった。同ドラマで梅宮は、高橋とのベッドシーンも演じた。

渡米のうえ無痛分娩で出産した長女・百々果は、2008年平成20年)にデザイナー桂由美による子供服ブランドのモデルとして、芸能界デビューした[15]

離婚後、親権を得てシングルマザーとして一人娘を養育するつもりでいたが、時間に不規則な仕事が多いこと、また、まだ幼児だった娘の世話も母にならば頼みやすいこともあり、実家に身を寄せてた。

教育(進学)について、父・辰夫と意見を対立したと明らかにしてる。梅宮自身が英語をはじめとする勉強が不得手で仕事をするようになってから不便を感じることが多く悔しい思いをしたことがあったため、娘はインターナショナルスクールへ進学させてワールドワイドな視野と語学を身につけさせたいと考えた。一方、父・辰夫は名門女子小学校(雙葉小学校白百合学園小学校東洋英和女学院小学部など)に進学させて、まずは日本女性らしい礼儀作法や所作をしっかりと身につけたやまとなでしこに育てたいと主張。父娘ゲンカを繰り返し、娘を連れて実家を飛び出す事態に発展した。結局、父・辰夫が折れる形で梅宮の意見を通し、インターナショナルスクールへ入学させた[16]。また、「娘が15歳になったらスイスの学校へ行かせたい」、「45歳になったらカリフォルニアオレンジ・カウンティーに一軒家を建てて住みたい」、などとも語っている[16]。これについては、自身のブログでも「将来日本を離れてアメリカで人生を楽しもうと思っています」と記している[17]

父・辰夫は若い頃は破天荒で不規則な生活をしていたが、娘・アンナが誕生してからはすっかりマイホームパパになったという。もともと料理自慢だったこともあり、自宅にいるときは率先して食事の支度を買って出たという。学校に持参する弁当は父が毎朝手作りしたもの。

しかし、娘が嫌いな食材やおかずは無理に食べさせない(食べなくてもよい)方針だったため、梅宮は大人になった現在も好き嫌いが非常に多く、好みの肉料理ばかりを食べている。その食生活の方針は、娘・百々果にも当て嵌められており、梅宮同様、好きな食べ物にしか手を伸ばさないという。

一家揃って大のファミリーレストラン好きを公言(バラエティーに富んだ食べ物が種類豊富にたくさんあるから)しており、幾度かバラエティ番組でその食事風景を放送している(各々が食べたいものを好きなだけ注文するが、野菜類はほぼ手付かずで残していた)。

出演[ソースを編集]

バラエティ[ソースを編集]

テレビドラマ[ソースを編集]

CM[ソースを編集]

  • エバラ食品「蒟蒻と海草サラダ」(父の梅宮辰夫と共演)
  • エステティックサロン「ソシエ」
  • バドワイザー(バドガール姿を披露した)
  • 日本コカコーラ「ダイエットコカ・コーラ」
  • コーセー「サロンスタイル」(シャンプー)

出版[ソースを編集]

著作
  • 『「みにくいあひるの子」だった私』(2001年、講談社)
写真集
  • 『アンナ 愛の日記』(1995年、新潮社) - 羽賀研二との"ペアヌード"

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 当時羽賀が多額の借金を抱えていた事や派手な女性関係があった事が理由
  2. ^ 梅宮アンナ 『みにくいあひるの子だった私』
  3. ^ お待たせいたしましたぁ〜!!梅宮アンナ オフィシャルブログ 2011年9月14日[リンク切れ]
  4. ^ 新しい場所 - 梅宮アンナ オフィシャルブログ 2015年4月5日
  5. ^ http://newpower.tokyo.jp/profile/anna.php[リンク切れ]
  6. ^ ご報告‼︎ - 梅宮アンナ オフィシャルブログ 2015年8月31日
  7. ^ 梅宮 アンナ Umemiya Anna - 株式会社ジパング エンタテイメント
  8. ^ 梅宮百々果:アンナ長女、6歳モデルデビュー ドレス姿で「面白かった」 ユミカツラガール 『毎日 jp 』 毎日新聞社 2008年9月9日、2010年8月28日閲覧[リンク切れ]
  9. ^ 梅宮アンナ「あんな恋愛、こんな恋愛について」暴露本執筆も、完全に遅すぎる? - BIGLOBEニュース2015年6月20日(土)12時0分)
  10. ^ 男を追いかけ山形へ 美熟女・梅宮アンナの破局を決定付けた致命的な“性癖” (芸能ネタ 週刊実話 - 2014年3月21日14時01分)
  11. ^ “黒い疑惑”で中日に戻れない立浪がWBCの打撃コーチに就任へ - (内外タイムス 2012年10月03日 15時30分)
  12. ^ 「愛され女子検定」 『美しき青木・ド・ナウ』 (テレビ朝日) 平成19年10月8日放送
  13. ^ 『女性自身』 (光文社) 平成20年1月1・8・15日合併号
  14. ^ インスタグラムでのコメント インスタグラムユーザートップページ
  15. ^ アンナ長女、6歳モデルデビュー ドレス姿で「面白かった」 ユミカツラガール 『毎日 jp 』 毎日新聞社 2008年9月9日、2010年8月28日閲覧[リンク切れ]
  16. ^ a b 『女性自身』 (光文社) 平成19年9月4日号
  17. ^ 梅宮自身のブログ 2007年9月9日のエントリー

外部リンク[ソースを編集]