桜木花道

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桜木 花道
SLAM DUNKのキャラクター
登場(最初) 第1話「桜木君」
作者 井上雄彦
声優 草尾毅
プロフィール
性別 男性
国籍 日本の旗 日本
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桜木 花道(さくらぎ はなみち)は、井上雄彦漫画作品およびそれを原作とするアニメSLAM DUNK(スラムダンク)』に登場する架空の人物。アニメでの声優は草尾毅

プロフィール[編集]

人物[編集]

本編の主人公。赤い髪が特徴。「好きな娘と一緒に登下校」するために和光中学時代、50人の女性に告白したが全て振られ、50人目の相手である島村葉子の好きな相手が「バスケット部の小田君」だったためにバスケットボールが大嫌いになる。しかし、湘北高校に入学した直後に同学年の女生徒である赤木晴子に話しかけられた際、彼女に一目惚れし誘われるがままにバスケ部へ入部する。当初はバスケの常識やルールを知らず、晴子の兄でバスケ部主将の赤木剛憲にしごかれ、派手なプレイではなく毎日退屈な基礎練習ばかりやらされるが、次第にバスケの面白さに目覚め、持ち前の体力や、ライバルとの勝負で才能を開花させてゆく。

気性が激しく粗暴で、しょっちゅう周囲と衝突してはトラブルを巻き起こすトラブルメーカー。非常に生意気で傍若無人なワガママを繰り返し、バスケ部のチームメイトたちを大いに困惑させる。暴力を振るうことも多く、キレて暴れると手がつけられないほど凶暴になる。和光中学出身の不良少年で、中学時代は喧嘩に明け暮れており、湘北の不良の間でも名が知れていた。なお、友人の通称「桜木軍団」こと水戸洋平、高宮望、大楠雄二、野間忠一郎の4人は中学時代からの不良仲間[注 2]。真っ赤な髪の色で、初期は逆立てたリーゼントであったが、海南戦で自分のパスミスで負けたことへの責任感から[注 3]坊主頭にした[注 4]。なお、インターハイ神奈川地区大会中に、観客に「赤坊主」のあだ名を付けられている。

自信家および自意識過剰で、すぐに図に乗る。物語冒頭の赤木との勝負に勝った[注 5]ことがきっかけで調子に乗り、自身を「天才」と自称するようになった。説教に関しては一切耳を貸さないが、おだてには非常に弱く簡単にノセられる。

プレイヤーとしてはマッチアップの相手が上手ければ上手いほど実力を開花させていくタイプ。作中でもバスケットボール自体の技量では大きく上回る選手に競り勝ち続け、山王工業戦では河田から得点を奪うまでに成長した。ただし熱意に任せた動きが多いため、海南大附属の宮益のように意地を張らず堅実なプレーに徹する選手とは相性が悪い。当初は恵まれた体格に頼ったリバウンドしか取り柄がなかったが、後述するレイアップシュートのように基礎的な技能や頭脳的な面も徐々に伸びており、全国大会では狙ってオフェンスファールを奪うシーンも描かれている。

一方で、恋愛の失敗などを経験したときに、普段見せる粗暴な感情をあまり外へ発散せず自身の中へ溜め思いつめる一面もあり、桜木軍団は彼の性格について「赤い髪してるくせに内向的」と語っている。緊張に弱く自分のミスでチームに迷惑をかけたことを気にするなど、繊細さを見せることもあった。女性に振られた直後や試合で退場した翌日などは深く落ち込んだりすることもあるが、晴子の優しい励ましがあればすぐに立ち直る。また妄想癖があり、しばしばスタープレイヤーになった自分や、愛しの晴子に惚れられるなどという妄想に浸って我を忘れることもある。妄想の中では晴子など好意を持っている人物以外は、動物に貶めたり[注 6]悪人のように描くなど散々なイメージで登場させる。

基本的に礼儀がなっておらず傍若無人な振る舞いをするため、たびたび赤木から鉄拳制裁を受ける。口が悪い威張り屋な上に男に対しては年上や教師が相手でもタメ口で話すが、晴子や彩子、藤井などの女性の前では実に腰が低く、「さん」付けで言葉遣いも敬語になる。自身に対して酷い態度を取る「流川親衛隊」に対しても例外ではなく、彼女らの侮辱的な言動には内心辟易しているものの、口出し一つできない有様である[注 7]。清田に「黙って試合できねーのか」と言われるほど試合中によく突っかかる。

非常に目立ちたがり屋のため、ダンクシュートなどの派手なプレーやリバウンドなど試合の鍵となる重要なプレーを好み、フットワークなどの地味な基礎練習を好まない[注 8]。入部した直後、退屈な基礎練習ばかりの毎日に耐えかねて、赤木との衝突の末、バスケ部を辞めると宣言し抜け出したが、自分なりに態度の悪さを反省して再びバスケ部に戻る。相変わらず基礎練習には文句を述べ続けるが、以前より真面目に取り組むようになる。やっとシュート練習をさせてもらうようになってもレイアップシュートのことは「庶民のシュート」などとバカにしていた。しかし、シュートの練習はドリブルやパスの練習に比べると楽しいらしく、ゴール下シュートの練習においては基本が大事ということを理解し文句一つ言わずに一日合計600本もの本数をこなした。

赤木に対する「ゴリ」、魚住に対する「ボス猿」など、チームメイトや他校の選手に、その特徴を突いた失礼なあだ名をつけ、自分だけで勝手に[注 9]そう呼び続ける[注 10]。その一方で「野猿」とアダ名をつけた清田からは「赤毛猿」とアダ名をつけ返されている。

学業の成績は極端に悪く、1学期終了時に赤点が7つあった[注 11]。その後、流川と三井とリョータと共に赤木宅にて勉強合宿し、追試をギリギリで合格した。普段の授業態度も悪く、授業中も平気で居眠りし、教師から目の敵にされている。

大食いであり、2万本シュート合宿時には学生食堂でカツ丼大盛、コロッケ、サンマ、焼そば、ホイコーロー、ラーメン、パックの牛乳を一人で注文して全てたいらげ、さらにはカツ丼をおかわりしていた[注 12]。また、アニメでは翔陽戦から数日後、ラーメン5杯を食べた後の場面がある。

憧れの晴子が流川に片想いだと知り[注 13]これがきっかけとなって素人ながら身の程知らずにもスタープレイヤーの流川に強烈なライバル意識を抱くことになる。流川の性格の不愛想さも手伝って、両人はしょっちゅう衝突を起こしてはチームメイトを困惑させ、「湘北名物イジのはりあい」と称されている。流川の実力については「中学レベル」などと嘲り、意固地になって頑固に認めようとしない。流川に対するライバル意識はバスケ部におけるユニフォームの背番号にも現れており、10番は当初、流川が受け取るはずだったのだが「流川より下の背番号はイヤだ」とワガママを言って拒否し、散々もめた末に木暮の提案で流川から背番号10を強奪し結果的に自身は10番、流川は11番のユニフォームを着ることとなった。試合中でも流川との連携を頑なに拒み、作中において彼が流川に自らの意思でパスを出した[注 14]のは海南戦で清田、武藤、高砂の3人に取り囲まれた時にやむなく出したものと山王戦終盤の2回しかなく、どんなピンチでも流川にはパスを出し渋る[注 15]。反対に流川からパスを受けた事は山王戦終盤の1度しかない[注 16]。しかし、物語の後半では表面には決して出さないが、徐々に流川の実力を認めるようになった。

仲間意識が強く、豊玉戦で流川が南のラフプレーにより負傷した際には、流川が犬猿の仲である相手にもかかわらず反射的にベンチから飛び出して南に詰め寄り、乱闘寸前になるほど激怒する[注 17]など、無意識に友情を伺わせる場面があり、三井がバスケ部に殴りこみをかけたときも殴られた仲間を心配したり、怒りを露わにしている。

家族については、中学時代の回想シーンで自宅に戻ると父親が発作のような状態で倒れている描写があった[注 18]が、父親以外の家族構成や家庭の状況などは不明。父親が倒れた後の生死についても触れられていないが、その出来事が教訓となり、シュート練習の付き添いで倒れた安西の異変に気付き、早急に適切な判断で救急車を呼んで病院に搬送した。住居については中学時代の時点ではアパート暮らし。

山王戦で背中を負傷し、その後無理をして最後まで出場を続け、怪我が悪化し試合後に入院。インターハイ終了後は療養中となっている[注 19]。作中の医師との会話では復帰を目指しかなり厳しいリハビリを行っている様子。原作終了後の黒板漫画ではリハビリを続けながら、アメリカ進出の野望を見せている。

連載中に行われた人気投票では2回とも第1位にランク入りしている[2][3]

プレイスタイル[編集]

驚異的な身体能力の持ち主で、パワー、スピード、スタミナはいずれも一級品。垂直跳びの最高到達点は赤木をも凌ぎ[注 20]、到達までの時間も早いので、魚住のダンクを赤木の上からブロックするほど。特筆すべきこととして連続して最高到達点にジャンプ可能で、滞空時間も長いため安西や花形、河田らが息を呑むほどであり、リバウンドを取りまくる[注 21]。安西監督にリバウンドとガッツを湘北に加えたと評される。相手をブロックするほどのジャンプをしてからも、着地後すぐにチームの先頭を切って走れる点も河田に注目されている。初期にはゴール前で目にもとまらぬ速さで連続ジャンプし、分身したかのように立ちはだかって壁を作ってシュートコースを全てふさぐという「フンフンフンディフェンス」[注 22]を披露した。持前のスピードを活かして、相手のパスを予想外のところから奪いに行くこともできる。1年にもかかわらず走り回ったりパワープレイを繰り返しても尽きないスタミナ、上記のような驚異的な身体能力、様々な技術を的確に身につける底知れない素質は、監督の安西・他校の主力選手や監督も非常に高く評価した。自らも「ゴール下の覇者」と自惚れ、その能力は高校バスケ界の絶対王者と評された山王工業にも通用し、山王の監督である堂本が花道の働きを封じるために河田をマンツーマンで当たることを指示するほど、リバウンダーとしての活躍を見せた。海南の神は花道を抜いてシュートしようとした矢先にすぐに回り込まれてブロックされた事が脳裏に焼きついたと語る。前述のリバウンドのほか赤木やリョータから教わった「ハエタタキ」や「フェイク」などを得意技とする[注 23]。三浦台戦での脳天ダンクで一気に名前が知れ渡った。

そのような驚異的な身体能力を有する反面、過去にバスケ経験が一切無い「初心者」であるため、パス、ドリブルなどの基本的な技術に関しては未熟な面も目立つ。プレイスタイルは荒削りもいいところで、本人もそのことを気にしており、「素人」と馬鹿にされると激怒する。また、バスケ用語や細かいルールに関しても知識不足で、試合中にチームメイトから耳打ちして教えてもらうこともあるほど。しかし、集中力が増した時のプレイは常軌を逸しており、なめてかかった相手は手痛いしっぺ返しを食らっている。

成長スピードにも目に見張るものがある「未完の大器」だが、この成長の裏には隠れた努力と彼なりの工夫があり、不良少年らしからぬ努力家でもある。インターハイ予選で4試合連続退場を記録した後は、県内一の高さを誇る翔陽相手にリバウンダーの才能を開花させ[注 24]、続く海南戦では赤木の負傷がきっかけとなり、これまで自分が目立つプレイばかりを求めてきたが「誰かのためにプレイをする」ということを覚え始めていき、「抱えたボールを下から掬うように投げる」という特異なフリースローフォームを編み出した事で、それまでは一度も入らなかったフリースローも克服した[注 25]。さらに、この予選期間中にゴール下シュートの特訓も積み修得、攻撃にも参加するようになる。そしてインターハイ直前にも2万本という凄まじいミドルシュート練習をやりぬき、ミドルシュートをも習得した。その甲斐もあって、山王戦では安西に「湘北の武器」と言わしめた。バスケ部入部からわずか4ヶ月後の山王戦のラストに流川からのパスで逆転のブザービーターを決めた。なお、山王戦までの公式戦に陵南との練習試合を合わせた10試合の合計で、湘北は1005得点を記録しているが、その中で彼の得点は僅か25得点に過ぎなかった。しかし、山王戦では2桁得点を記録している。また、ボールハンドリングは入部当初からかなりの腕前であった。退場や怪我、戦術上の問題などから作中の公式戦で40分フル出場の経験はない。

気性が荒く、普段の練習態度も悪い上に、試合中でもたびたびトラブルを起こして周囲を困らせる。逆上した彼を抑えることはチームメイトが数人がかりでやっても難しい。桜木軍団は物語終盤まで、彼が逆上して試合をブチ壊す事態を懸念していた[注 26]が、バスケの魅力に気がつき競技にのめり込み習熟していったことで、後に気性の荒さを多少は制御できるようになった[注 27]

試合中に繰り出すプレイは観客を味方につける力があり、湘北ファンが少なかった翔陽戦や海南戦、山王戦などにおいても、彼のプレイがきっかけになることにより会場を湘北応援ムードに変えることができた。特に山王戦では傍若無人な勝利宣言で大ブーイングを受けていながら、危険を顧みず記者席に突っ込みながらルーズボールを奪った事で、ほとんど山王ファンしかいなかった観客の心を動かし、ゲーム後半では会場が割れんばかりの声援が飛んでくるほどのムードに変えた。また、武里戦では試合開始前にその姿が見えなかった[注 28]ことで、観客席では「オレはあいつを見に来たのに」と落胆している観客もいた。続く陵南戦では試合開始前の選手紹介で大歓声を受け、「名物男」とまで言われていた。ただし、流川親衛隊のメンバー達からはとことん嫌われ抜かれており、試合中に味方であるはずの彼女たちから「帰れ!」「ひっこめ!」などとブーイングを浴びせられたことも多々あった。

山王戦では美紀男がゴール下でしか得点できないことを見抜いてディフェンスを行ったり、沢北の行動を読んで対抗策を赤木に進言するなど、頭脳的な面も見せる[注 29]

インターハイ予選での5試合連続退場のほか、決勝リーグの陵南戦では自殺点を取った[注 30]り、陵南のカウンターを勢い余って股間で受けてしまったり、山王戦では沢北のブロックを顔面で受けてしまい、撥ね返ったボールが得点になったりなど、珍プレーも多い。スキルの吸収も早いのだが、素人ゆえ安定して成功はせず、レイアップシュートも作中の最後までしばしば失敗し、リバウンドやミドルシュートについても練習明けにはすぐコツを忘れてしまっていた。海南戦では牧に自らマークを買って出させ、さらにラスト19秒でブロックを行おうとした牧から会心のファウルをもらい、逆転のチャンスを作り出した。ただし、彼は強い相手でないと実力以上のものが出ないらしく、同じく海南戦では試合出場経験なしの宮益につかれたところ、練習したことのないゴール下シュートをことごとく外していた。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ NIKE AIR JORDAN I(黒×赤)のサイズ。本人は「NIKE AIR JORDAN VI(白×赤)が小さくなった」と語ってはいるが、正確な足のサイズは不明。
  2. ^ 晴子の親友の藤井によると、花道たちは「このあたりの不良の総元締めだった」という。
  3. ^ 「自分の体力が最後まで続かなかったから敗れた」と主張した流川と敗因を巡り衝突、彼と殴り合いの喧嘩をした。
  4. ^ しかし髪の色は赤のままのため、余計怖くなったと評された一方、逆に以前の容姿とのギャップからか、笑いの的にされる一幕もあった模様。通学途中の電車内では、他校の不良ですらその容貌に恐れて隣の車両に逃げ出し、しばらくはバスケ部をはじめ学校中の注目の的となったが、晴子だけはそんな容貌に対しても可愛いと褒めていた。
  5. ^ ただし、花道のほうはハンデとしてボールをラグビーのように手に抱えてドリブルなしで走り回っても良かったうえ、ファウルとされる行為も不問にされた。
  6. ^ 赤木はゴリラ、流川は狐、宮城、安田、木暮など他のメンバーは猿のイメージで登場することが多い。
  7. ^ アニメでは流川ファンの女生徒に一方的に叩きのめされるシーンもあった。
  8. ^ インターハイ予選終了後も基礎練習を義務づけられていることに文句を言っている。
  9. ^ 桜木軍団だけは湘北のメンバーや他校の選手を花道のつけたあだ名で呼ぶ。
  10. ^ ただし、流川や仙道、桜木軍団など、ライバルや親友にはあだ名で呼ばない。ただし、流川を「キツネ」と呼ぶ事はあるほか、相田彦一のことも名前で呼んでいる。
  11. ^ 本作中に詳細な理由は明記されていないが、湘北高校では赤点4つ以上取るとインターハイに行けなくなる。
  12. ^ アニメでは晴子に差し入れとして手作りサンドイッチも貰っている。なお高宮曰く、その際の支払いはすべてツケとのこと。
  13. ^ 高校で1人目、中学から通算して51人目のフラレ記録を樹立したことにより、花道のフラレ唄募集の企画が行われた。作者は半分冗談のつもりだったが、替え歌や自作の録音テープなど多数の応募があった。
  14. ^ 間違えて出したものは除く。
  15. ^ 対戦相手にとって、得点力の高い流川に出すことはセオリーのはずであり、花道のこのような行動はディフェンス時は必ず流川をマークしている相手にとって理解不能の事態に映る。
  16. ^ 流川自身の意思によるものはこれだけだが、出した後で相手が花道だったと気付いて後悔するケースはある。
  17. ^ なおこの際、勝手にチームベンチ・エリアから出たことでテクニカル・ファウルの判定を受けた。
  18. ^ 医者を呼ぼうとして外に出た際に、帰宅前に喧嘩で負かした不良高校生4人が仲間を連れて待ち伏せしており、報復でリンチにかけられた。
  19. ^ 怪我の様子を見たマネージャーの彩子は、それまで急速な速さで成長した桜木が、この怪我によるブランクで、身に付けた全てを失ってしまうのではないかと危惧している。
  20. ^ 最初のダンクシュート挑戦時、バックボードに額をぶつけた。
  21. ^ 劇場版の津久武戦では、県大会タイ記録となる22リバウンドを記録した。
  22. ^ これを名付けたのは桜木軍団。劇場版第2作では木暮に「フンフンディフェンス」と呼ばれている。
  23. ^ 劇場版第3作では、マイケル沖田をフェイクで抜き去ったことを当のマイケルに感心され、調子に乗った。
  24. ^ アニメでは、翔陽の一つ前の試合の津久武戦でその片鱗を見せたことになっている。
  25. ^ 作中では「往年のNBAの名選手であるリック・バリーのフォームと偶然一致した」と説明されている。
  26. ^ しかし真面目に懸念していたのは洋平のみで、後の軍団員は寧ろそれを期待していた方である。
  27. ^ 後述のアクシデントで試合中に激昂した時はその際にコートのフローリングに連続頭突きを食らわせて周囲を驚かせた。
  28. ^ ゴール下シュートの練習を行い寝坊したため。結局、試合終盤に遅れて登場したものの出場機会は与えられなかった。
  29. ^ その他、陵南戦でラスト数秒のダメ押しのダンクを決めた後に気を引き締めながら「仙道が狙ってくるぞ」と赤木らに的確な合図を送っている。
  30. ^ 赤木はそれをアグレッシブに取りにいった結果として咎めなかった。

出典[編集]

  1. ^ 『SLAM DUNK』23巻、集英社〈ジャンプ・コミックス〉、1995年、47頁、ISBN 4-08-871843-7
  2. ^ 後藤広喜, 編纂.「SLAM DUNK ♯59 BURST」『週刊少年ジャンプ』1991年51号、集英社、1991年12月9日、 55頁。
  3. ^ 堀江信彦, 編纂.「SD5周年記念人気キャラクター投票結果発表!!」『週刊少年ジャンプ』1996年3・4号、集英社、1996年1月15日、 135頁。

関連項目[編集]