桜井神社 (堺市)

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桜井神社
Sakurai-jinja (Sakai, Osaka), haiden-1.jpg
拝殿(国宝
所在地 大阪府堺市南区片蔵645
位置 北緯34度29分7.5秒
東経135度30分22.2秒
座標: 北緯34度29分7.5秒 東経135度30分22.2秒
主祭神 応神天皇
仲哀天皇
神功皇后
社格 式内社
府社
創建 不詳
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神門

桜井神社(さくらいじんじゃ、櫻井神社)は、大阪府堺市南区片蔵にある神社式内社で、旧社格府社

「上神谷八幡宮(にわだにはちまんぐう)」とも。拝殿は国宝に指定されている。

祭神[編集]

現在の祭神は次の3柱[1]

歴史[編集]

伝承によると、この地方に住居していた桜井朝臣の一族がその祖先である武内宿禰命を奉斎したのが創祀という。また推古天皇5年(597年)には八幡宮を合祀したという。

延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳では和泉国大鳥郡に「桜井神社」と記載され、式内社に列している。また後世に当社に合祀された山井神社・国神社もそれぞれ式内社に列している。

天正5年(1588年)、織田信長根来攻めのため拝殿以外を焼失するが、その後、再建される。

明治維新後、明治5年(1872年)に近代社格制度において郷社に列し、昭和17年(1942年)には府社に昇格した[1]。また明治41-43年(1908-1910年)には国神社ほか9社を合祀している[1]

境内[編集]

拝殿背面

主要社殿のうち拝殿は、鎌倉時代の建築。切妻造、本瓦葺き。寺院建築風の簡素な意匠の拝殿である。柱間は桁行(正面)5間、梁間(側面)3間。桁行5間のうち中央の間を馬道(めどう、通路の意)とし、左右を部屋とする。このような形式の拝殿を割拝殿といい、拝殿の中央が土間のように通り抜けができる。ただし、これは当初からの形式ではなく、建立当初は全面に床を張り、建物周囲には縁をめぐらせていたことが痕跡からわかる。正面は馬道部分を除いて桟唐戸(さんからと)を吊り、側面は二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょうかえるまた)[2]とする。内部は天井を張らず、梁、垂木などの構造材をそのまま見せた「化粧屋根裏」とする。神社の拝殿は建築年代の古いものが少なく、桜井神社拝殿は鎌倉時代にさかのぼる例として貴重であるとして、国宝に指定されている(背面の向拝部分は国宝指定外)。

祭事[編集]

10月第一日曜日の秋祭に「上神谷のこおどり」が奉納され、これは大阪府下唯一の国の選択無形民俗文化財である。

文化財[編集]

国宝[編集]

選択無形民俗文化財(国選択)[編集]

  • 上神谷のこおどり - 昭和47年(1972年)8月5日選択。

大阪府指定文化財[編集]

  • 有形文化財
    • 木造神像(彫刻) - 元は国神社に祀られた神像。1982年(昭和57年)3月31日指定[5][6]
      • 男神像
      • 菩薩形像
      • 明王形像
    • 石造燈籠(工芸品) - 元は国神社にあった燈籠。1970年(昭和45年)2月20日指定[5][7]

現地情報[編集]

所在地

  • 大阪府堺市南区片蔵645

交通アクセス

  • 泉北高速鉄道 泉ヶ丘駅から南海バス乗車(23系統・「畑」方面)桜井神社前で下車すぐ、または(24系統・「鉢ケ峯」方面)片蔵で下車、徒歩約5分。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 神社由緒書。
  2. ^ 「梁」は、柱と柱とを、棟と直交方向につなぐ水平材。中央部を高く、両端をわずかに湾曲させた形状のものを「虹梁」という。蟇股は、梁などの上に置かれる構造材で、カエルが脚を広げたような形状からその名がある。
  3. ^ 桜井神社拝殿 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  4. ^ 桜井神社拝殿(堺市ホームページ)。
  5. ^ a b 大阪府内指定文化財一覧表(大阪府ホームページ、平成29年6月7日更新版)の堺市ファイルより。
  6. ^ 神像(堺市ホームページ)。
  7. ^ 燈籠(堺市ホームページ)。

参考文献[編集]

  • 神社由緒書
  • 『週刊朝日百科』「日本の国宝 35」、朝日新聞社、1997

外部リンク[編集]

  • ウィキメディア・コモンズには、桜井神社 (堺市)に関するカテゴリがあります。