桜井神社 (堺市)

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桜井神社
Sakurai-jinja haiden.jpg
国宝に指定されている拝殿
所在地 大阪府堺市南区片蔵645
位置 北緯34度29分7.5秒
東経135度30分22.2秒
座標: 北緯34度29分7.5秒 東経135度30分22.2秒
主祭神 誉田別命ほか
社格 式内小社、府社
創建 不明
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境内入口。鳥居はなく、寺院風の門が建つ。
内拝殿

桜井神社(さくらいじんじゃ、櫻井神社)は、大阪府堺市南区片蔵にある神社延喜式神名帳に記載されている和泉国大鳥郡式内社であり、国宝に指定された割拝殿がある。上神谷八幡宮(にわだにはちまんぐう)ともいう。

歴史[編集]

伝承によると、創立は悠遠の時代で、この地方に住居していた桜井朝臣の一族がその祖先である武内宿禰命を奉斎したと伝わっている。推古天皇5年(597年)に八幡宮を合祀、応神天皇仲哀天皇神功皇后を奉斎している。

天正5年(1588年)、織田信長根来攻めのため拝殿以外を焼失するが、その後、再建される。 明治5年(1872年)郷社に列し、昭和17年(1942年)には府社に昇格。

祭神[編集]

文化財[編集]

国宝[編集]

拝殿
鎌倉時代の建築。切妻造、本瓦葺き。寺院建築風の簡素な意匠の拝殿である。柱間は桁行(正面)5間、梁間(側面)3間。桁行5間のうち中央の間を馬道(めどう、通路の意)とし、左右を部屋とする。このような形式の拝殿を割拝殿といい、拝殿の中央が土間のように通り抜けができる。ただし、これは当初からの形式ではなく、建立当初は全面に床を張り、建物周囲には縁をめぐらせていたことが痕跡からわかる。正面は馬道部分を除いて桟唐戸(さんからと)を吊り、側面は二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょうかえるまた)[1]とする。内部は天井を張らず、梁、垂木などの構造材をそのまま見せた「化粧屋根裏」とする。神社の拝殿は建築年代の古いものが少なく、桜井神社拝殿は鎌倉時代にさかのぼる例として貴重である。大正6年(1917年)に古社寺保存法に基づく特別保護建造物に指定され、昭和28年(1953年)に文化財保護法に基づく国宝に指定された。なお、背面の向拝部分は国宝指定外である。

祭礼[編集]

10月第一日曜日の秋祭に「上神谷のこおどり」が奉納され、これは大阪府下唯一の国の選択無形民俗文化財である。

所在地・アクセス[編集]

大阪府堺市南区片蔵645

  • 泉北高速鉄道 泉ヶ丘駅から南海バス乗車(23系統・「畑」方面)桜井神社前で下車すぐ、または(24系統・「鉢ケ峯」方面)片蔵で下車、徒歩約5分。

脚注[編集]

  1. ^ 「梁」は、柱と柱とを、棟と直交方向につなぐ水平材。中央部を高く、両端をわずかに湾曲させた形状のものを「虹梁」という。蟇股は、梁などの上に置かれる構造材で、カエルが脚を広げたような形状からその名がある。

参考文献[編集]

  • 『週刊朝日百科』「日本の国宝 35」、朝日新聞社、1997

関連項目[編集]