桑原家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
本来の表記は「桒原家」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
桑原家
家紋
まる に ひだりさんかいまつ
丸に左三階松
本姓 菅原氏高辻庶流五条庶流
家祖 桑原長義
種別 公家半家
華族子爵)→平民
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
凡例 / Category:日本の氏族

桑原家(くわはらけ[1])は、菅原氏の流れを汲む五条家庶流の堂上家家格半家。家業は紀伝道



概要[編集]

江戸時代前期の公卿五条為庸正二位権大納言)(1619年 - 1677年)の四男である桒原長義正二位権中納言式部大輔)(1661年 - 1737年)を祖とする(ちなみに従二位参議式部権大輔清岡長時は桒原長義の弟に当たる)。極官は桒原長義が得た権中納言・式部大輔。

江戸期の公家の中でも最も困窮していた家の一つとして知られ、当主がたった一人の従者と揉め事を起こし、口論の挙句、屋敷内で殺害してしまう事件を起こすなど、家運は振るわなかった。

江戸時代の家禄は30明治維新後に輔長子爵に叙せられた。しかし家計は引き続き窮乏し、品位保持も困難を極めた。大正8年(1919年)には当主桒原孝長が人妻を射殺する事件を起こし、ついに爵位を返上。孝長には無期懲役の判決が下され、服役中の昭和2年(1927年3月30日に獄死した[2]

系譜[編集]

実線は実子、点線(縦)は養子。
五条為庸
 
 
 
桒原長義
 
 
 
適長
 
 
 
長視[3]
 
 
 
為彬[4]
 
 
 
忠長[5]
(為弘)
 
 
 
為顕
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
順長為政
 
 
 
為政
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
輔長歳長羽柴俊朗
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
為昭孝長
 
 
 
孝長

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』上巻によると、読み方は「くわばら」ではなく「くわはら」である。
  2. ^ 千田稔『明治・大正・昭和華族事件録』新潮文庫
  3. ^ 五条為範の4男。
  4. ^ 高辻家長の4男。
  5. ^ 高辻家長の2男。

参考文献[編集]

関連項目[編集]