桐蔭学園中学校・高等学校

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桐蔭学園中学校・高等学校
Toingakuen highschool.jpg
高等学校男子部1・2年校舎(一部分)
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人桐蔭学園
設立年月日 1964年(昭和39年)
創立者 柴田周吉
共学・別学 男女共学(2018年度以降[1]
中高一貫教育 別クラス型(2018年度のみ[1]
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース プログレスコース
アドバンスコース
スタンダードコース
学期 3学期制(2018年度以降[2]
高校コード 14524G
所在地 225-8502
公式サイト 中学校エントリーページ | 学校法人桐蔭学園
桐蔭学園 高等学校
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桐蔭学園中学校・高等学校の位置(神奈川県内)
桐蔭学園中学校・高等学校

桐蔭学園中学校・高等学校(とういんがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市青葉区鉄町(くろがねちょう)に所在する私立中学校高等学校。運営は学校法人桐蔭学園

2018年度から高等学校は男女共学となり、2019年度新入学者から中学校は募集を停止し、桐蔭学園中等教育学校に一本化する。

概要[編集]

1964年(昭和39年)設立。

1971年(昭和46年)には、高校野球において夏の甲子園で初出場・初優勝の快挙を成し遂げ全国に名を広め、また運動とは別に進学では1992年(平成4年)をピークに東大合格者は114人に達し、同年の京大の合格者は16人、当時も1学年が1600人以上の超マンモス校[3]であった。しかし1990年代初め、校長の鵜川昇と教員組合が対立、教師が大量離職した。[要出典]

現在でも運動部においては野球部、サッカー部、ラグビー部、柔道部、剣道部などが全国的な活躍をしている。部活動は全国級、特に野球部は2軍や専用の野球場もあり規模も全国級である。

現在でも1学年が1000人を超す超マンモス校である。創立時から「能力別クラス編成(習熟度別授業)」を採用、1971年(昭和46年)に高校に理数科を設置。1981年(昭和56年)からは女子部も設置された。中学高校は高校2年までは男子部と女子部に分かれており、高校3年では男子部と女子部が合同で志望コース別授業を受講するといった「男女併学」を採用している。

2001年(平成13年)4月、難関大の受験に特化するため、学校教育法1998年の改定(「中等教育学校」の設置)を利用、男子4クラス約180人を中高一貫校の「桐蔭学園中等教育学校」として分離・設置し見かけ上の卒業生数を減らした。しかし同じ校舎内に存在し、中等6年時には高等学校・女子部との合同の授業も行われ、また校舎の設備・グランドなども共用、制服も同一、同一法人が経営しており事実上の同一校である。つまり一般的には従来校と混同されることが多いが法律上は別学校の扱いになる。

高校の1学年の入学定員は、中等教育学校を除き、幼稚園、小学校からの内部進学者を併せて1,300人以上となるが[4]、2016年の桐蔭学園高校の卒業生数は945人と発表されており[5]退学者は33名[6]これは学校側が芸能活動を禁止しており、それに伴って生徒が退学を余儀なくされたからである。[要出典]

2018年度より高校はコース制、男女共学へと変更した[1]。医学部進学を目標とするプログレスコース・難関国公立大学進学を目標とするアドバンスコース・難関私立大学進学を目標とするスタンダードコースの3つ。

2019年度から、桐蔭学園中学校(男子部・女子部)の募集を停止(法律上は廃校)して、桐蔭学園中等教育学校(男子校)を共学、現在の1学年4クラスから、8クラスに増員する[7]。事実上、桐蔭学園中学校を中等教育学校に併合する。これにより、桐蔭学園高校は高校からの入学のみとなる[1]

制服は開校当時、男子部は金ボタン5個の学ラン、女子部はブレザーと棒ネクタイ(1988年春の選抜高校野球出場当時)だったが、現在は男子部・女子部共にブレザー、男子部はネクタイ、女子部はリボンに改訂され、2015年度から制服もモデルチェンジされた。2018年度からはバッグメーカーanelloとコラボしたスクールバッグを展開。食堂は校舎ごとに設置しており、食堂での昼食も2018年度より男女共学に変更されたことに際して男女共用になった。

キャンパス[編集]

  • キャンパスは広大であり、勉学・スポーツ・情操教育のためのものとなる施設を含め、様々なものがある。
  • 校舎は丹下健三らが設計した。
  • キャンパス中央には、1,700席以上を誇る芸術ホール「桐蔭学園シンフォニーホール(旧称:鵜川メモリアルホール)」がある。ここは音楽、演劇、映画、講演など各種の催事に対応できる多目的ホールで、学園内で生徒たちが様々な芸術・文化に直に接することができる。
  • 桐蔭学園シンフォニーホールでは、過去にN響等の演奏会などが開催されていた。
  • 自宅外生の受け入れも行っており、鉄町の学園敷地内と学園の近隣数ヶ所に学生寮を有している。

カリキュラム[編集]

  • 3学期制となる(2018年より)。
  • 定期試験の成績により習熟度別授業クラス(レッスンルームと呼ぶ)の入れ替えが科目ごとに行われる。ホームルームは3年間同じである。
  • 定期考査においては、「到達度方式」と呼ばれる方式を採用している。中学.中等前期課程では70点未満、高校.中等後期課程では60点未満だと補習、課題提出、追試験の対象となる。

進学・運動部実績[編集]

1971年昭和46年)、硬式野球部が甲子園に初出場、初優勝という快挙を成し遂げ、創立間もないが一躍全国に知られることとなった。そして創立以来運動部とは別に進学指導にも力を入れ、文武両道のイメージを広めていった。進学実績は上昇し、90年代には東大100人前後、早大慶大にそれぞれ400人以上の実績を上げた。そのため、かつては神奈川御三家[8]にも数えられていたが、当時の1学年の卒業生数も1600人以上の超マンモス校であった。

なお2001年桐蔭学園中等教育学校を設立・分離することにより、以前より見かけ上の卒業者数を減らし、2012年の卒業生は1049人であり[9]、2013年の桐蔭学園高校自体の卒業生は1118人で、中等教育学校の卒業生171人と合計すると1289人であった。

運動部の実績では、サッカー部、野球部、ラグビー部、柔道部、剣道部、テニス部などが全国優勝している。

沿革[編集]

  • 1964年昭和39年)4月 - 学校法人桐蔭学園設立。桐蔭学園高等学校開設[10]
  • 1966年(昭和41年)4月 - 桐蔭学園中学校開設。
  • 1971年(昭和46年)4月 - 桐蔭学園高等学校に理数科を開設。
  • 1981年(昭和56年)4月 - 桐蔭学園中学校・高等学校に女子部を開設(女子部は普通科のみ)。[11]食堂増設[12]
  • 1985年(昭和60年) - 女子部の校舎が完成[13]。女子部の鸞鳳祭が始まる[13]
  • 1992年平成4年)4月 - ドイツ桐蔭学園(中等部・高等部)開校。
  • 1997年(平成9年) - 新校舎竣工、男子部にも食堂増設。
  • 2001年(平成13年)4月 - 桐蔭学園中等教育学校開設(男子4クラスを分離した)。
  • 2012年(平成24年)4月 - ドイツ桐蔭学園(中等部・高等部)閉校。
  • 2018年(平成30年)4月 - 高校が男女共学化。

建学の精神・校訓[編集]

建学の精神
  • 社会連帯を基調とした、義務を実行する自由人たれ。
  • 学問に徹し、求学の精神の持ち主たれ。
  • 道義の精神を高揚し、誇り高き人格者たれ。
  • 国を愛し、民族を愛する国民たれ。
  • 自然を愛し、平和を愛する国際人たれ。
校訓
  • すべてのことに「まこと」をつくそう。
  • 最後までやり抜く「強い意志」を養おう。

校章・学園歌[編集]

学校名、校章の由来[編集]

桐蔭学園の校章は、「五三の桐」である。桐には瑞鳥・鳳凰が宿るとされ、鳳凰が千里万里を天翔る前に、その力を養うのが桐樹の蔭である。これは、歴代理事長の母校である、旧制東京高等師範学校東京教育大学を経た、現在の筑波大学)に因んだ校章となっている。

学園歌[編集]

学園内のそれぞれの学校の校歌は学園歌と呼称し1970年に制定された。

学園祭[編集]

男子の鵬翔祭と女子の鸞鳳祭は同時期に行われている。

鵬翔祭(ほうしょうさい)
  • 高校共学部がこの名称を用いる。(2018年より)
  • 男子の高校、中学、中等教育学校ともにこの名称を用いている。
  • 1976年、高校男子12期生の生徒を中心に学園祭開催の要望が出され、学校側は「日常生活の反映」、「独創性の発揮」、「全員参加」の3原則に沿って開催することを要請した[13]。生徒たち自身からの要請により文化祭の開催が実現するというきわめてまれな経緯により、生徒らはこの3原則をもと文化祭の計画を立て、翌1977年に第1回が開催された[13]。中学は1990年、中等は2001年から開催されている[13]
    • 改革の末、2010年(第34回鵬翔祭)より模擬店企画が主に高校2年普通科で復活した。
鸞鳳祭(らんほうさい)
  • 女子の高校、中学ともにこの名称を用いている。
  • 当初は男子部の校舎を間借りして行っていたが、1985年に女子部の校舎が完成したときに第1回が開催された[13]

部活動[編集]

  • 硬式野球部
    高等学校に1966年設置。昭和46年夏の甲子園1971年)に初出場で初優勝を成す。以来、甲子園出場は春5回、夏6回を数える。
  • サッカー部
    全国屈指の名門でヴェルディ川崎などで指揮を執った李国秀が長らく監督を務めていたことでも知られる。李国秀監督の下1989年に全国選手権大会初出場を果たした。戦績の最高は全国優勝(2011年夏の全国高等学校総合体育大会)。多数のプロ選手を輩出。W杯、五輪にも戸田和幸森岡隆三らを送り込んだ。中学は2008年全国中学校サッカー大会で優勝を果たした。水嶋ヒロも同校サッカー部出身であり冬の選手権にも出場している。2015年3月に再び李国秀が監督に復帰するも、指導方法を巡りパワーハラスメントが疑われたり、上級生と下級生の分裂が取り沙汰されるなど、全国的に注目を浴びることとなった。[要出典]結局2018年3月に監督交代が報じられ、李は退任した。
  • ラグビー部
    花園14回出場、2011年の第90回全国高等学校ラグビーフットボール大会で初優勝(東福岡高校との両校優勝)[14]。また、2017年の第18回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会で初優勝し、翌年も連覇を達成した。中学は全国大会5位と東日本優勝がこれまでの最高成績。
  • 陸上部
    全国大会出場、全国高校総体2006年大阪・4×100Mリレー優勝、2007年佐賀・4×100Mリレー優勝(2連覇)など。
  • 剣道部
    全国大会出場、最高は全国優勝。
  • 柔道部
    全国大会出場、最高は2006年全国高校総体団体戦で優勝。五輪選手輩出。
  • 少林寺拳法部
    全国大会出場、最高は全国4位。関東大会優勝。
  • 水泳部
    五輪選手(高校在学時)輩出。
  • テニス部
    全国大会出場、最高は全国優勝。
  • ダンス部
    中学校・高等学校女子部に設置。「全国中学校・高等学校ダンスコンクール」3位入賞(中学校部門では2006年、高校部門では2003年)、「全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)」創作コンクール部門NHK賞受賞(準優勝)(1997年・2006年・2008年)、などの成績を残す。
  • 囲碁部
    全国高校囲碁選手権大会に連続出場。個人戦全国大会出場、最高は全国1位。団体戦全国大会出場、最高は全国1位。
  • 将棋部
    個人戦全国大会出場、最高は全国3位。団体戦全国大会出場、最高は全国3位。
  • 鉄道研究部
    全国大会入賞

このように部活動における生徒の活躍が目覚ましい。

交通[編集]

  • 東急田園都市線市が尾駅よりバス「桐蔭学園前」行き10分、終点下車
  • 東急田園都市線青葉台駅よりバス「桐蔭学園前」行き10分、終点下車
  • 東急田園都市線あざみ野駅よりバス「すすき野団地」行き・「虹が丘営業所」行き・「新百合ヶ丘駅」行き10分、「もみの木台」下車
  • 東急田園都市線たまプラーザ駅よりバス「すすき野団地」行き20分、「もみの木台」下車
  • 小田急線新百合ヶ丘駅よりバス「あざみ野駅」行き・「あざみ野ガーデンズ」行き25分、「もみの木台」下車
  • 小田急線柿生駅よりバス「桐蔭学園前行き」・「市が尾駅行き」15分、終点または「桐蔭学園入口」下車
  • JR横浜線中山駅よりバス「桐蔭学園前」行き45分、終点下車

著名な出身者[編集]

スポーツ[編集]

野球[編集]

プロ野球[編集]

※名前の後ろに球団名明記の選手は現役

アマチュア野球・指導者[編集]

サッカー[編集]

現役[編集]
OB:日本代表[編集]
OB・引退選手[編集]

柔道[編集]

ラグビー[編集]

その他[編集]

マスコミ[編集]

アナウンサー[編集]

男性[編集]
女性[編集]

芸能[編集]

俳優[編集]

男性[編集]
女性[編集]

タレント・モデル・お笑い など[編集]

音楽[編集]

学術[編集]

医療[編集]

文系・芸術[編集]

理系・その他[編集]

政治[編集]

行政[編集]

文化[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d » 【重要】中学校・高等学校_中等教育学校の再編成について(2017.4.10発表) | 桐蔭タイムライン
  2. ^ » 2018年度以降の3学期制への移行について | 桐蔭タイムライン
  3. ^ 31クラス、日本最大級である「東大合格者盛衰史」60年間のランキングを分析する、光文社、2009年9月20日
  4. ^ 桐蔭学園TOPICS
  5. ^ サンデー毎日、2016年3月22日
  6. ^ 2016年度の卒業生(2014年入学)は1学年の退学者が33人であった 桐蔭学園/入試対策部/入試広報部
  7. ^ » 【5年生以下対象】中等教育学校(男女共学予定)学校説明会レポート | 桐蔭タイムライン
  8. ^ 神奈川御三家
    「中学受験白書」、ダイヤモンド社、2010年4月、p.5
    「中学受験 パーフェクトガイド」、読売新聞社、2009年10月、pp.16-21、p.87
    「中高一貫校の実力」、読売新聞社、2010年9月、p.39
  9. ^ 週刊朝日、2012年4月20日、pp.124-125
  10. ^ 男子校として。当時の制服は学ラン
  11. ^ 男子校から男女別学へ
  12. ^ 女子部のみ
  13. ^ a b c d e f 桐蔭学園報第16号(2010年9月)より
  14. ^ 決勝には同大会を含め5回進出しているが、未勝利。
  15. ^ Amano”. 2014年1月4日閲覧。
  16. ^ “略歴”. 吉原真里ウェブサイト. http://www.mariyoshihara.com/bio-j.html 2015年11月13日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]