桂川甫周 (国興)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

桂川 甫周(かつらがわ ほしゅう、1826年文政9年)- 1881年明治14年)9月25日)は、江戸時代幕末期の奥医師及び蘭学者桂川家の7代目当主。国興(くにおき)であり、甫周は通称。父は6代目当主の桂川甫賢。蘭和辞典『ドゥーフ・ハルマ』をもとに『和蘭字彙』を刊行した。

なお、『解体新書』翻訳に関わり『北槎聞略』を編纂した桂川甫周(国瑞)は、桂川家4代目である。

功績[編集]

オランダ商館長(カピタン)のヘンドリック・ドゥーフが、先に刊行されていたフランソワ・ハルマ(François Halma)の『蘭仏辞書』(1729年)を参考に著した『ドゥーフ・ハルマ』(通布字典、1833年完成)を校正及び改訂し、安政2年(1855年)に上巻・安政5年(1858年)に下巻の2巻からなる『和蘭字彙』を発行した。同書は、9万語を収録し本格的な蘭和辞典として江戸時代の最高峰にあり、また対訳辞典の基礎としてその後の辞典に大きな影響を及ぼした。

家族[編集]

弟に桂川甫策(男子のいない甫周の養子となり8代目を継いだ)、藤沢次謙(国謙)、妹に桂川てやがいる。

娘は『名ごりの夢』を口述した今泉みね

参考文献[編集]

外部リンク[編集]