東京宝塚劇場 (企業)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

株式會社東京寶塚劇場(-とうきょうたからづかげきじょう、1932年8月 設立 - 1943年12月 改称)は、かつて東京に存在した日本の演劇・映画会社である。第二次世界大戦前に阪急資本が設立し、日比谷の映画・演劇街を形成する母体となり、東宝の前身となったことで知られる。

略歴・概要[編集]

1932年(昭和7年)8月、演劇と映画の興行を事業の主目的にして、阪急の創始者・小林一三が設立、社長となった。当時の東京市麹町区日比谷(現在の東京都千代田区日比谷)を巨大な劇場街とすべく、まず、「東京宝塚劇場」と「日比谷映画劇場」(現在の日比谷シャンテ)の建設にとりかかり、1934年(昭和9年)の1月1日に前者が完成してオープン、同年2月に後者が完成してオープンした[1]

1935年(昭和10年)6月には「有楽座」が完成・オープン、1936年(昭和11年)1月には「日本劇場」(日劇、現在の有楽町マリオン)を所有する「日本映画劇場株式会社」を合併、さらには1937年(昭和12年)3月には「株式会社東横映画劇場」を合併して、その興行的地場を固めた。同年12月には由緒ある「帝国劇場」を経営する「帝国劇場株式会社」を合併[1]、日比谷の土地の制覇はほぼ完成した。

いっぽう、「東宝映画株式会社」は同社の系列企業であり、同年9月10日の4社合併と1941年(昭和16年)「東京発声映画」の吸収合併を経て、世田谷区砧地区に3つの撮影所をもつに至り、メジャー映画会社の一角を担う会社に急成長した。これを1943年(昭和18年)12月、吸収合併することで、同社は、映画の製作・配給・興行、演劇の興行といった幅広い事業を一貫して総合的に行なう大企業となり、社名を「東宝株式会社」に改称し、現在に至る[1]

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ a b c 東宝公式サイト内の「東宝株式会社 IR情報 会社略歴」の記述を参照。

外部リンク[編集]